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日々雑感_2025年5月25日(日) Task have Funとぬるぽんの挑戦

昨日、ぬるぽん(私)は、Task have Funの9周年記念ライブに行った。

主催者と会場にお世話になり、電動移動椅子WHILLで、ライブを楽しめることになった。

昼と夜の2部制でぬるぽんは両方を楽しんだ。少し疲れたが、素敵なライブで楽しくなった。

ライブでは、メンバーの写真が撮影できる機会があったし、特典会でもチェキやスマホで撮影できた。グープショットでぬるぽんはWHILLに座っているが、熊澤風花さんとの2ショットでは、頑張って立ち上がった。


熊澤風花さん 2025/05/24撮影
Task have Funとぬるぽん 2025/05/24撮影
風花さん 2025/05/24撮影

よく立てるようになったものだ。

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今、その写真を整理して、ライブのワンドリンクで受け取って持ち帰ったビールを飲んで、本日はマーラーの交響曲第9番を聴いていたら、数年前のリハビリの光景が脳裡に甦った。


「どうして、こんなに痛いんですか?もう限界です」

7年前だったか、ぬるぽんは病室で叫んでいた。当時、一年以上感染治療を行い、寝たきりだったぬるぽんは、リハビリが始まったとき、まったく立てないというか、まったく立ち方や歩き方も忘れていた。

太ももから膝、そして足先まで、まるで腕を見ているように痩せ細った脚で、そもそも立とうなどとは無謀極まりないのだった。

しかし、歩けないとトイレにも行けない。自分の下の世話もできなかった。この屈辱は限りなくぬるぽんの心を傷つけた。そこで、リハビリに期待していたのだが、あまりにもきつい、痛い。まさに「筆舌に尽くしがたい」というのはこのことを言うのだろう。

リハビリが始まって、1か月ほど立ったとき、ぬるぽんは「どうして、こんなに痛いんですか?もう限界です」と当時のPT(理学療法士)のK先生に訴えた。毎日リハビリの度になぜか吐き気がして叫んでいたのだが、この時はもう限界だったので、大きな声で叫んだ。

K先生はやさしく微笑んで「そうですか。わかりました。リハビリを楽にするように、主治医のN先生と相談します」と言ってくれた。

ぬるぽんは、ホッとした。これで毎日リハビリの時間が来る度に吐き気がしていたのも治るだろう。

そして、ぼそっと「本人の希望だし、明日からぬるぽんさんのリハビリの方針を変えましょう。以後、車椅子での生活をするという方向で」と言った。

「えっ?」

「現状でできるリハビリを続けていても、今後歩けるはおろか立ち上がることも無理でしょう。ぬるぽんさんの右膝関節は破壊されていて、半分もくっついていません。左膝関節はすでに変形しています。しかも左右両肩の筋も切れているので、手が上げられない状態です。しかも、感染症の影響で整形外科的手術も当分はできません。筋肉を鍛えるしか立ち上がれる可能性はないと言えるでしょう。ですが、ぬるぽんさんがそこまで痛がっている以上どうしようもありません。毎日毎日、努力して少しずつ強くしていくしかないのです。ほんのちょっとでも毎日鍛えていくのです。それがリハビリです。できることをできるようにやっていても大きな進歩はないのです」

「それはこまります。わたしは歩きたい。歩いてやりたいことがあるんです。」

「それは何ですか?」

「ひとつはは自分でトイレに行くことです」

「もっと重要なのは、熊澤風花さんに会いに行くことです。Task have Funのライブに行きたいんです」

長い間入院していた私に、熊澤風花さんのグラビアやTask have Funの歌は希望を与えてくれた。「歩けるようになってライブに行くんだ!」脳裡に熊澤風花さんの笑顔が浮かんだ。そして、「今からリハビリだうれしいな」、いたいときはほとんど泣きながら「楽しいです」を連発した。

そして、ぬるぽんはK先生に言った。

「わかりました。わたしは、リハビリを楽しみにします。以後、わたしは「痛い」という言葉を言いません。痛いときでも「楽しいなあ」と言うことにします。「リハビリができて嬉しいなあ」です。」痛いとき風花さんの面影を脳裡に浮かべて、耐えた。

その日から、ほぼ2年経って、わたしはタクシーとロフストランドクラッチを使って、風花さん、Task have Funのライブに行った。あれから何年経ったんだろう。

それまで、何度「楽しいなあ」「うれしいなあ」と叫んだのか、多すぎて忘れていない。

今日はここまで。


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