星野源のオールナイトニッポンに“さようなら”
星野源のオールナイトニッポンが終わった。
10年もの間、火曜日の深夜は源さんの声が流れ続けたのだなあ。
私は高校生の頃からこの番組を聴いていた。
とはいえ、毎週欠かさず聴いていたというほどではない。リアタイしたり、時にはradikoのタイムフリーで聴いたり、聴き逃したり。気まぐれなリスナーの1人だった。
それでも、あ、今日は火曜日だ、と気付いたときは、深夜に布団の中でradikoを開いた。
眠らず最後まで聴いて、終わったあとの静けさに寂しい気持ちになることもあれば、
心地良い声を聴いているうち、気づけば朝になっていたこともあった。
毎度おバカなリスナーのメールに「ばかじゃないの」と笑ってくれる源さんの声が優しくて好きだった。
少し振り返ってみる。
マモちゃん(宮野真守)回の絡みは最高だった。
源さんの友人を自称する「ニセ明」と、宮野真守にそっくりな16歳アイドル「雅マモル」のカオスな共演が本当に良かった。
聴いていたリスナーさんは深く頷いてくれるだろうが、彼らは噛めば噛むほど味が出る。
それから源さんが体調不良で欠席した際に、急遽お笑いコンビ・十九人のお2人が代打で進行を務め、高橋文哉さんとあのちゃんまで駆けつけた回があった。
私はそこで初めて十九人のゆッちゃんwと松永くんの存在を知り、とても面白くて柔らかいトークが刺さって好きになってしまった。
突然の代打回の冒頭、ゆッちゃんwは「M-1グランプリという漫才の大会では一応準決勝まで出させていただいてるので、その、変な、、街なかのゴミがやってきたとかではないので、、」という自己紹介を繰り出した。街なかのゴミ。初手からパンチの効いたワードチョイスだったので、思わずニヨニヨした。
その後、私がたまたま舞台稽古のために札幌に滞在していた時期に、近くで十九人が出るお笑いライブがあったので行ってみたりもした。

お笑いライブに行ったのは、実は初めてだった。
しかも1人で。ちょっと勇気がいるよね。
けれども行ってみると本当に面白くて、なかなか素敵な空間だった。これも源さんが運んでくれた縁だと思うとじーんとする。
リスナーの真剣な相談につい共感したり、源さんのアンサーに私まで励まされたり、くだらない相談や報告に笑ったり、いろんな楽しいが詰まったラジオ番組だったと思う。
最終回の最後、エンディング曲が「Friend Ship」である理由について話していた。
やっぱりラジオのエンディングっていうのは、一生残るじゃないですか。そのラジオ聞いている人にとって、リスナーにとって、一生残る曲で。 やっぱりこう、ラジオが終わる瞬間って寂しいんですよ。
で、僕が前から思っているのは、なんかね、ちゃんとお別れの曲にしようと思ったんです。
なぜかというと、“さようなら”ってちゃんと言った方がいいよねっていうのを思ってて。お別れする時って。
なんかそういうことをはっきり言えないと、次がね、なかなか来てくれない感覚があるんですよね。それは自分の未来だったりとか、違う未来だったりとかね。あとは、その人と再会するっていうことも未来の1つなんで。それもまた来ない、来にくくなるってすごく思ってるんですよ。
だから僕はちゃんと終わることが大事だって、なんか色んなところで言ってるんですけど。
何かが終わるってことは、何かが始まることで。
あとは確率は少ないとしても、何かがもう1回あるとか、また会えるとか、また会いましょうとかって、なんかそういうものって“さようなら”って言う。
“左様なら”じゃないですか、さようならって。
さよ“オナラ”じゃないですよ。
左様ならしょうがない。
でもまあ、ありのままでみたいなことだと思うんですよ僕は。
レットイットビーみたいな言葉だと思うんですよ、さようならって。
だからみんなはそれぞれのさようなら、色もそれぞれのね、レットイットビーをおそらく生きるでしょう。
で、その中で僕はもうラジオリスナーなので知ってるんですけど、多分一生忘れないでしょう。あなたたちは。だから僕も一生忘れませんから。
その思いを持ちながら、一緒に、この世の中を生きていきましょう。
それでは、星野源でした。
さようなら。
いいな。いい番組だった。
源さんの言葉はいつも優しくて、丁寧で、みんなを慮ってくれているのが伝わってくる。
「一緒に、この世の中を生きていきましょう」という言葉の重みに、込み上げるものがある。
最終回の「記憶力の乏しい僕は〜」というリスナーのメールには少し共感できるところもあって、とてもいい文章だと思った。
メールの最後はふざけて締めるが割と定番化していて、こういうリスナーの文化が根付くくらいには、長い長い月日を重ねてきた星野源のANN。
お別れとなると寂しい気持ちになるけど、源さんがいなくなるわけじゃないからね。
またドラマのなかで、雑誌のなかで、音楽のなかで、どこかで、出会い続けられるはず。
どうか体調にはお気をつけて、今後もご活躍される姿を見ていたいなと思います。
10年間お疲れ様でした。
源さん、ニセさん、スタッフの皆さん、ありがとうございました。
さようなら。
