巨乳であることがずっとコンプレックスだった
現在、私のバストサイズはHカップです。
巨乳であることが、ずっとコンプレックスでした。
先に言っておくと、それは「胸が大きくて不便だった」とか、「服が似合わなかった」といった話だけではありません。
私は、女性として扱われる前に、性的に見られてしまった、という感覚を抱えています。
それが、今でも心の奥に残っています。
◼️10代後半、視線によって意識させられた胸の存在
10代後半の頃、私は自分の胸がとても気になっていました。
それは自分で鏡を見てどうこうというより、他人の視線や言葉によって意識させられていた、という方が正しいです。
男性の先輩や同僚から、
「巨乳だなと思ってた」
「何カップ?」
そんな言葉を、かなり頻繁にかけられていました。
冗談のつもりだったのかもしれません。
悪意がなかった可能性もあります。
それでも、そのたびに私は、会話の相手ではなく、胸だけを切り取られて見られているような気がしていました。
私がどんな人間なのか、何を考えているのかより先に、
胸の話題が出てくる。
その順番に毎回嫌気が差していきました。
この違和感を、誰かに相談しようと思ったこともありました。
でも、同性に話すと、
「羨ましい」
「得してるじゃん」
そんな言葉が返ってくることばかりです。
励まそうとしてくれていたのだと思います。
悪気がなかったことも分かっています。
それでも、その言葉を聞くたびに、「困っている私」は、なかったことにされてしまうような気がしました。
いつしか私は、困っていること自体を、あまり話さなくなりました。
この感覚を言葉にすることは、贅沢か、わがままのように思えてしまったのです。
だから、黙るしかありませんでした。
男性からの視線にも、同性からの「いいじゃん」にも、どちらにも居場所がないような気がしていました。
◼️見られないための服を選ぶようになった
いつの間にか、服装も変わっていきました。
体のラインが分かる服を避け、ダボっとしたトップスばかり選ぶようになりました。
体格が分かりにくい服。
胸の存在を、なるべく曖昧にできる服です。
おしゃれをしたくなかったわけではありません。
本当は、着たい服もたくさんありました。
でも、どう見られるかを自分で選べない気がして、
せめて服だけは、自分を守るためのものにしていました。
胸を隠すことで、私は少しだけ、世界と距離を取っていたのだと思います。
◼️そこにいるのに、いないような恋愛
恋愛の中でも、その違和感は消えませんでした。
付き合っていた男性や、セックスをする相手から、胸ばかり触られることがありました。
嫌だと言えなかったわけではありません。
ただ、それを説明する言葉が見つからなかったのです。
「これくらい普通なのかもしれない」と、自分に言い聞かせることもありました。
それでも、心のどこかでは
「この人は私が好きなのではなく、私の胸が好きなんだな」とずっと思っていました。
その間、私はそこにいるのにいないような気持ちになります。
名前も、感情も、考えもあるはずなのに、触れられているのは、私の一部だけでした。
◼️「いいじゃん」で片付けられる違和感
巨乳であることがコンプレックスだと言うと、
「いいじゃない」「得してるでしょ」
と言われることが分かっていました。
だから、この違和感は、なかなか口に出せませんでした。
悩むこと自体が、贅沢のように扱われる空気もありました。
私はただ、黙ってやり過ごすことを選びました。
笑って、何も感じていないふりをしていました。
でも、本当は怖かったのです。
早すぎる視線も、軽い言葉も、そして自分の存在が少しずつ削られていくような感覚も。
◼️遅れてやってきた自分への理解
今も、この身体を心から好きになれたわけではありません。
完全に折り合いがついたとも言えません。
ただ、あの頃の自分が感じていた違和感に、ようやく名前をつけられるようになりました。
「気のせいじゃなかった」
「嫌だと感じてよかった」
そう言ってあげられるようになっただけです。
もしこの記事を読んで、少しでも胸の奥がざわついた人がいたら、それはあなたが弱いからでも、考えすぎだからでもありません。
巨乳でも、そうでなくても、自分の意思より先に他人の視線で体を定義されてしまうことは確かにあります。
そして、それはちゃんと、傷つくことです。
巨乳であることが、ずっとコンプレックスでした。
それは私が未熟だったからでも、甘えていたからでもありません。
ただ、ちゃんと傷ついていただけでした。
