ショートショート『どっちがいいと思う?』
土曜日の午後、駅前のセレクトショップは春物のセールで賑わっていた。
「ねえ、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
試着室のカーテンから顔を出した彼女が、僕を呼ぶと今度は両手に一着ずつワンピースを掲げて見せてきた。片方はミントグリーンのフレアワンピース。もう片方はベージュのシンプルなワンピースで、襟元に小さなリボンがついている。
「うーん」
僕は腕を組んで、しばらく二着を見比べた。こういうとき、なんとなく相手の顔色を伺って「どっちも似合うよ」とか「うーん、どっちも良いね」とお茶を濁す人もいるらしい。でも僕は、聞かれたらちゃんと答えることにしている。適当に流された意見なんて、僕は答えたくない。
「僕はベージュの方が好きかな。リボンのところが上品な感じがして」
彼女はぱちぱちと瞬きをした。
「え、ミントの方じゃなくて?」
「うん、ベージュ」
彼女はもう一度、二着を見比べる。それから少し不満げに唇を尖らせた。
「わたし、ミントの方が気に入ってたのに」
「そうなんだ」
「なんでベージュなの。ミントの方が春っぽいし、絶対似合うと思う」
「いや、似合うと思うよ。ただ僕はベージュの方が好みってだけ」
「……そう」
彼女は試着室のカーテンの向こうに戻り、しばらくがさごそという音が続いた。出てきたときには、もう洋服を持たず、心なしか口数も減っていた。エスカレーターを降りるあいだも、隣を歩く彼女の機嫌がゆるやかに下降しているのが伝わってくる。
僕は少し考えて、口を開いた。
「じゃあ、ベージュの方は僕がプレゼントするよ」
彼女が足を止めた。
「え?」
「ミントの方、気に入ってたんでしょ。それは自分で買いなよ。ベージュは僕が気に入ったから、僕が買ってプレゼントする。今度着てるところ見たいし」
彼女はしばらく黙っていたけれど、やがてこらえきれないように口元がゆるんだ。
「……なにそれ。ずるい」
「ずるくないよ、フェアでしょ」
「両方買わせる気満々じゃん」
「そういうことになるね」
彼女は笑いながら僕の腕を軽く叩いて、それから振り返って、さっきの店にまた入っていった。
結局その日、彼女はミントのワンピースを、僕はベージュのワンピースを一着ずつ選んで会計をした。帰り道、彼女は二着入った紙袋を片手に提げて、機嫌よく鼻歌を歌っていた。
「今度、ベージュの方着るときは、ちゃんと『似合う』って言ってよね」
「そのときも正直に、似合ってると答えるよ」
「もしまた『どっちがいいと思う?』って聞いたら?」
「そのときもまた素直に、好きな方を答えるよ」
彼女は呆れたように笑って、それから僕の手をきゅっと握った。
正直に言うことは、ときどき相手をむっとさせる。でも、次の一言で相手を幸せにできることもある。僕はそう思っている。
最後までお付き合いありがとうございます。
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「正義と正義の間に落ちた涙は誰が拾うのだろう」