【子育て日記】我が子が「発達障害かもしれない」と言われたあの日、二児のパパナースである私が頭と心の隙間で激しく揺れた話
こんばんは!KPホースです。
現役看護師として命の現場に立ち、2人の娘を育てるパパをしながら行政書士開業の準備中です。
今日は長女の話をします。
今は元気に小学校へ通っている長女ですが、実は未就学児の頃まで、自閉症スペクトラム(ASD)の診断を受けて発達支援の療育に通っていました。
これは、医療の現場でたくさんの患者さんやご家族を見てきたはずの私が、自分の子どもの当事者になった瞬間、頭と心がバラバラに引き裂かれた葛藤の記録です。
①1歳半健診の「様子見」から、3歳児健診での宣告へ
最初に長女の発達について指摘されたのは、1歳半健診のときでした。
「少し気になる部分もありますが、まずは様子を見ましょうか」
その時は、心のどこかで「まだ小さいし、成長のスピードは人それぞれだから」と自分に言い聞かせ、現実を直視していませんでした。
しかし、決定的な瞬間は3歳児健診で訪れます。
「やはり発達のステップに少し偏りが見られます。一度、専門の病院を受診してみませんか」
病院への紹介状を前に、私と妻は言葉を失いました。
その日の夜、夫婦で何度も、何度も話し合いました。
「もし病院に行って、正式な診断名を付けられてしまったら、この子に一生消えない大きなハンディキャップを背負わせてしまうのではないか」
「私たちが、この子を『病気』にしてしまうのではないか」
恐ろしさと、我が子への申し訳なさで、胸が押しつぶされそうでした。
②「どうして親はこんなになるまで」と思っていた過去の自分
実は私は、精神科の医療現場に身を置いていました。
知識としては、誰よりも分かっていたはずだったのです。
福祉や医療の介入が遅れてしまったが故に、二次障害を引き起こし、社会生活に著しい支障をきたすレベルまで症状が進行してしまったお子さんを、現場で嫌というほど見てきました。
不登校やひきこもり、他害行為や自傷行為に繋がってからようやく病院に繋がるケースに出会うたび、職場で私は心の中でこう思っていました。
「どうして親御さんは、もっと早い段階で気付いて連れてきてあげられなかったんだろう」と。
早期発見、早期療育。
それが子どもの人生を救う唯一の道だと、頭では100%理解していました。
療育とは、いわば「若い木の添え木」のようなものです。
まだ木が小さく柔らかいうちに、そっと添え木を当てて支えてあげれば、介入が早ければ早いほど、木は添え木の効果でまっすぐ空へ伸びていくことができる。
それなのに。
いざ自分の最愛の娘がその対象になったとき、看護師としての知識では分かっているのに、父親としての感情がどうしても受診を決めかねている。
そんな、嘘のような不思議な状態に陥ってしまったのです。
妻もまた、深く悩んでいました。
「保育園には、長女よりもお友達に乱暴をしたり、大きな声を出す粗暴な子だってたくさんいる。長女は座っていられないわけでも、多動なわけでもないのに、どうして私たちの娘だけが病院に行かなければならないの?」
自分たちの育て方や関わり方がまずかったのではないかという罪悪感。
そして、目の前の現実を受け入れられない拒絶感の間で、私たちは暗闇の中を彷徨っていました。
③ 私たちの心を救った、ある一つの詩
そんな葛藤の最中、私はインターネットである素敵な詩に出会いました。
障がいのあるお子さんを持つアメリカの作家、エミリー・パール・キングズレイさんが寄せた、「オランダへようこそ」という有名な詩です。
日本ダウン症協会が公式に翻訳されているこの言葉を読んだ瞬間、私の心の張り詰めていた糸が、スーッと解けていくのが分かりました。
『オランダへようこそ』
私はよく「障がいのある子を育てるのってどんな感じ?」と、聞かれることがあります。
そんな時私は、障がい児を育てるというユニークな経験をしたことがない人でも、それがどんな感じかわかるようにこんな話をします。
赤ちゃんの誕生を待つまでの間は、まるで、素敵な旅行の計画を立てるみたい。
例えば、旅先はイタリア。
山ほどガイドブックを買いこみ、楽しい計画を立てる。
コロシアム、ミケランジェロのダビデ像、ベニスのゴンドラ。
簡単なイタリア語も覚えるかもしれない。
とてもワクワクします。
そして、何カ月も待ち望んだその日がついにやってきます。
荷物を詰め込んで、いよいよ出発。
数時間後、あなたを乗せた飛行機が着陸。
そして、客室乗務員がやってきて、こう言うのです。
「オランダへようこそ!」
「オランダ!?」
「オランダってどういうこと?? 私は、イタリア行の手続きをし、イタリアにいるはずなのに。ずっと、イタリアに行くことが夢だったのに」
でも、飛行計画は変更になり、飛行機はオランダに着陸したのです。
あなたは、ここにいなくてはなりません。
ここで大切なことは、飢えや病気だらけの、こわくてよごれた嫌な場所に連れてこられたわけではないということ。
ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。
だから、あなたは新しいガイドブックを買いに行かなくちゃ。
それから、今まで知らなかった新しいことばを覚えないとね。
そうすればきっと、これまで会ったことのない人たちとの新しい出会いがあるはず。
ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ。
イタリアよりもゆったりとした時間が流れ、イタリアのような華やかさはないかもしれない。
でも、しばらくそこにいて、呼吸をととのえて、まわりを見渡してみると、オランダには風車があり、チューリップが咲き、レンブラントの絵画だってあることに気付くはず。
でも、まわりの人たちは、イタリアに行ったり来たりしています。
そして、そこで過ごす時間がどれだけ素晴らしいかを自慢するかもしれないのです。
きっと、あなたはこの先ずっと「私も、イタリアへ行くはずだった。そのつもりだったのに。」と、いうのでしょう。
心の痛みは決して、決して、消えることはありません。
だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。
でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、オランダならではの素晴らしさ、オランダにこそある愛しいものを、心から楽しむことはないでしょう。
作:エミリー・パール・キングズレイ(Emily Pearl Kingsley)
④イタリアではなく、オランダの景色を愛すること
この詩を読み終えたとき、私は涙が止まりませんでした。
【きっと、あなたはこの先ずっと「私も、イタリアへ行くはずだった。そのつもりだったのに。」と、いうのでしょう。心の痛みは決して、決して、消えることはありません。だって、失った夢はあまりに大きすぎるから。】という詩にもある通り、イタリアでなくてオランダの方が良かったわけではない、という嘘偽りない親の気持ちや受容して生きていくことの重要さが語られていることがとても心に響いたんです。
私たちは、長女が生まれたときからずっと「イタリア(いわゆる一般的な定型発達のルート)」へ行くための準備をしていました。
でも、私たちの乗った飛行機が着陸したのは「オランダ」だったのです。
オランダは、決して恐ろしい場所ではない。
ただ、イタリアとは少し景色や言葉が違うだけの、美しい国なんだ。
長女が病気なのではない。
長女と私たちが今いる現在地が「オランダ」という場所なだけなんだ。
そう心から受容できた瞬間、私は長女の手を引いて、病院へ行く覚悟が決まりました。
夫婦二人で長女を連れて専門外来を受診し、様々な検査を受けました。
結果として、身体的な異常はなく、知能検査でも高い水準にあることが分かりました。
しかし、主治医の先生はこう仰いました。
「知能は高いので見過ごされがちですが、これから小学校に上がって集団生活が本格化するにつれて、本人が生きづらさや困りごとを感じる可能性があります。今のうちに、少し療育を入れてサポートしてあげませんか」
主治医からのその提案に、私たち夫婦は迷うことなく「はい、お願いします」と頷くことができました。
⑤添え木がもたらしてくれた、まっすぐな成長
そこから始まった、通院による療育の生活。
薬物治療などはなく、専門の先生方と遊びや関わりを通して、本人の苦手な部分を補い、得意な部分を伸ばすプログラムでした。
すると、目に見えて効果が現れたのです。
少しおぼつかなかった長女の滑舌が見違えるほど良くなり、体の使い方が上手になったことで、運動能力も目に見えて向上していきました。
かつて職場で思っていた「添え木の効果」を、私は我が子の成長を通して、身をもって実感することになったのです。
幸いなことに、長女は小学校に入学する前に「これならもう、困りごとが出たときにいつでも相談にきてもらう形で大丈夫ですよ」と、無事に療育を卒業することができました。
現在、小学生になった長女は、大きな困りごともなく、毎日笑顔で楽しい小学校生活を過ごしています。
⑥ 今、あの日の自分と同じように悩むあなたへ
もしあの時、健診での指摘を無視し、病院受診を拒否していたら。
「私の育て方のせいじゃない」「この子に変なレッテルを貼りたくない」と、プライドや恐怖から目を背けていたら。
あの素晴らしい「添え木」を、長女に与えてあげることはできませんでした。
そして、長女は小学校で、誰にも気づかれない生きづらさに一人で苦しんでいたかもしれません。
今振り返って確信を持って言えるのは、「受診をして、本当によかった」ということです。
もし、我が子がオランダに着陸してしまったのだとしても、親である私たちがその現実を受容しなければ、オランダから見える風車の美しさにも、チューリップの綺麗さにも、一生気付くことはできません。
イタリアばかりを見て、我が子の本当の姿を見落としてしまいます。
子どもにハンディキャップという傷を負わせるのが病院ではありません。
病院や療育は、我が子が社会という風に負けずに、まっすぐ、自分らしく育っていくための「最高の応援団」であり、「優しい添え木」です。
今、健診の結果を見て一人で泣いているパパやママへ。
どうか怖がらずに、その一歩を踏み出してみてください。
オランダの景色は、皆さんが思っているよりも、ずっとあたたかくて美しいですよ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆さまにとっても、明日が素敵な一日となりますように。
スキやフォローで応援いただけると、日々の励みになります!
#育児 #子育て #発達障害 #自閉症スペクトラム #ASD #療育 #オランダへようこそ #1歳半健診 #3歳児健診 #看護師パパ #早期療育 #子どもの成長 #パパの子育て
