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なぜ修士課程はつらいのか

【この記事の結論】
修士課程がつらい理由は2つ
①ケースバイケースすぎる
②修論合格のラインが不明確


筆者は、n年前に地方国立大学(駅弁大学)で修士(農学)を取得しました。
そんな私の経験をもとに、「修士課程で多くの大学院生が苦しむ理由」を2つ挙げてみます。



①ケースバイケースすぎる

修士課程に在籍する院生は、2年間の研究活動を行い、修論を仕上げます。
この前提は、全国どの大学院でも同じです。
しかし、修士課程の中身は、ア)研究分野、イ)所属大学、ウ)指導教員によって、まったく違います
だからこそ、大学院のつらさは厄介なのです。
ネットの体験談も、他人のアドバイスも、自分の環境には1ミリも当てはまらないことがよくあります。
同じ院生なのにルールが違いすぎて、お互いの悩みを理解し合うことすらできません。
結果として、あなたは「自分だけの、誰も助けてくれない、オーダーメイドの地獄」に一人で放り込まれることになります。

例えば、以下のような点が異なっています。

・研究テーマをどのように決めるか?(指導教員に依存)

▼指導教員から「これに取り組め」とテーマを指定される
▼先輩からテーマや実験系をそのまま引き継ぐ
▼指導教員から大きな方向性を提示され、細かい中身は自分で決める
▼指導教員が院生に丸投げしていて、院生が独力で決定しなければならない

・研究をどのくらいの人数で進めるか?(研究分野に依存)

▼個人で進める
▼基本は個人テーマだが、実験の一部を他メンバーと共同で行う
▼複数人のチームで進める

・指導教員がどのくらい指導するか?(指導教員に依存)

▼指導教員から定期的な連絡やミーティングがあり、手厚い指導を受けられる
▼指導教員から連絡が来ることはないが、指導教員のもとに自分から相談に行けば、アドバイスをもらえる
▼完全に放置されて、何もしてもらえない

・就活とのバランスをどのようにとるか?(指導教員に依存)

▼指導教員が就活に理解があり、就活終了まで研究に注力する必要がない
▼指導教員が就活にある程度の理解があるが、就活中でも一定の進捗報告を行う必要がある
▼指導教員が就活に理解がなく、就活のイベントによって研究室に行かないことを認めてもらえない

・どこで研究を行うか?(研究分野に依存)

▼PCを用いるドライ系→必ずしも研究室に行く必要がなく、どこでも研究できる
▼細胞培養などのウェット系→実験室で行う
▼野外調査などのフィールド系→調査地に行く必要がある

・どのくらいで一定の成果が出るか?(研究分野に依存)

▼多くの院生が2年間で一定の成果を出す
▼2年間で一定の成果を出すのは、よほど優秀な院生でなければ難しく、多くの院生が尻切れトンボの形で研究を終える

・学会発表を行うか?(所属大学に依存)

▼学会発表が修了の要件になっているため、院生全員が学会発表する
▼学会発表が修了の要件になっているわけではないが、学会発表する院生の割合が高い
▼修士2年間で成果を出せずに、学会発表をしない人の割合が高い

・コアタイムがあるか?(指導教員に依存)

▼コアタイムがあり、長い時間拘束される
▼コアタイムがあるものの、形骸化していて守っている人が少ない
▼コアタイムがなく、研究室に顔を出す頻度が週1でよい

・経済的な支援がどのくらいあるか?(所属大学に依存)

▼TAやRAをやらせてもらえる
▼全くないので、学外でアルバイトをする必要がある

・修論審査がどのくらい厳しいか?(所属大学に依存)

▼審査は形式的であり、実質的には「出せば通る」状態である
▼新規性が求められる厳しい審査が行われ、ときには「修論不合格」が出ることもある

②修論合格のラインが不明確

私は本業で塾講師をしていますが、指導する生徒たちには日頃からこう伝えています。

合格体験記は流し読みでいい。それよりも、もし機会があるなら不合格になった人から話を聞きなさい。

なぜなら、成功(合格)する方法やルートは人それぞれで千差万別ですが、失敗(不合格)するパターンは驚くほど共通しているからです。
受験で言えば、「基礎を疎かにした」「過去問に着手するのが遅すぎた」といった失敗パターンさえあらかじめ知っておけば、そこを避けるだけで合格率は跳ね上がります。

しかし、この受験の鉄則が、修論においては全く通用しません。
なぜなら大学院というシステムは、「不合格の事例が共有されない」という、少し不気味な構造になっているからです。

大学図書館や所属研究室には、過去の先輩たちが書いた「合格した修論」が置いてあり、いくらでも読むことができます。
一方で、不合格になった修論や、ドロップアウトした人のプロセスは絶対に公開されません。 
どんな修論を書いたら不合格になるのか?
・どのレベルのデータ量・質を下回ったら不合格なのか?

という、院生の最大の関心ごとが共有されていないのです。
そのため、院生は常に「自分の修論には不合格になるかもしれない」という見えない恐怖と戦うことになります。

もちろん、修論不合格というのは、めったなことでは起きません。
もしかすると「不合格になった修論が公開されていない」のではなく、「そもそも、不合格になった人など存在しない」可能性のほうが、確率としてははるかに高いかもしれません。
しかし、それでも、院生の心にかかる霧が晴れることはありません。

終わりに

院生が病んでしまう最大の原因は、「研究そのものの難しさ」ではありません。

「1ミリも他人のアドバイスが参考にならない」という、ケースバイケースすぎる孤独
「何をどこまでやればよいかわからない」という、不合格ラインの不透明さ

この2つが組み合わさることで、院生は「自分だけの、ゴールの見えない暗闇」に一人きりで放り込まれてしまう。
これが、修士課程がつらい理由の本質です。

もちろん、研究室内の人間関係やハラスメント、経済的な問題など、他にもつらい要因はたくさんあるでしょう。
しかし、上記の本質を理解しておくだけでも、少しは肩の荷が下りるはずです。

適度に力を抜きながら、したたかに修士号をもぎ取ってやりましょう。

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