ひとやすみ|連休のはじまりに映画「めがね」を観た
長期連休のはじまりに、映画を観た。
「めがね」。
大きな事件は起きない。
「黄昏る」ために旅する人、暮らす人。
盛り上がりも、分かりやすい感動もない。
でも観終わったあと、心の中のコントラストが、すっと下がっていた。
とにかく余白の多い映画だった。
画角も、間も、音も。
波の音や生活音、沈黙まで含めてひとつの空間みたいで、
心がゆっくりデトックスされていく感じがした。
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この映画のキーワードは、「黄昏る」。
でも、そもそも「黄昏る」ってなんだ??
五感に素直になることなのかもしれない。
誰かのことをじっくり思うこと。
昔のことを思い出すこと。
過ぎていく時間を、ただ待つこと。
「黄昏る」って、
・何かをしようとしない
・でも、感じることはやめていない
・時間を使うんじゃなくて、時間に触れている
・自分を前に出さず、世界のほうに身を置く
そんな状態なのかもしれない。
ぼーっとする、とは少し違う。
考える、とも違う。
「黄昏る」とは、
時間を使うのをやめて、時間の中にいること。
きっとこれ不得意な人もいる。
・予定を埋めるのが上手な人、好きな人。
・目的を持つのが癖の人。
・目標に向かって、頑張り続けている人。
私もたぶん、そっち側。
何もしない時間に、つい意味を探してしまうから。
自由に余白を持って生きるのって、
思っているより難しい。
慣れも必要だし、きっとコツもいる。
何かを詰め込むことばかり上手になって、
何もしない時間の過ごし方は、
誰にも教わってこなかった。
この荒波の現代を生きるうえで、
義務教育の必修にした方がいいと本気で思ってしまう。
黄昏ることが不得意なのは、悪いわけじゃない。
ただ、もし少しずつできるようになったら
心に余白が生まれて
もっと芯のある柔らかさを、自然にまとえるような気がする。
私もまだまだ「黄昏る」練習が必要だ。
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黄昏るって何だろう、と考えながら観ていたせいか、
映画の中で印象に残った言葉が、いくつもある。
ついでに、記録に残しておこう。
「梅と友達は古いほうがいい」
「梅は、その日の難逃れ」
「ここにいる才能ありますよ」
「大切なのは焦らないこと」
大切なものをしまう癖はあるのに、
何をしまったか忘れてしまう犬の話も、
なぜか心に残った。
どれも説明できる気はしない。
でも、「黄昏る」の空気だけは、ちゃんと含んでいる気がする。
