【比較文化】 なぜ、西洋人は"個人"を語り、東洋人は"関係"を語るのか? 「思考の違い」を知る3つの視点
結論:西洋と東洋で見える世界が違うのは、物事を「分析的」に見るか「全体的」に見るかという思考様式の違いを理解することで改善します。
理由:思考のクセに気づくことで、異文化への無用な誤解が減り、より深いレベルでの相互理解に集中できるからです。
今回は、社会心理学者ニスベットの研究を基に、この「思考様式の違い」を体感できる3つの視点をご紹介致します。
こんにちは、文翔です。
先日、海外の友人と話していた時、キャリアプランについて尋ねてみました。
すると彼は「僕は〇〇というスキルを極めて、個人の市場価値を最大限に高めたい」と、力強く語ってくれました。
一方、同じ質問を日本の友人にすると「今の会社やチームにどう貢献できるかを考えながら、周りとの関係性の中で成長していきたい」と答えることが多い気がします。
この違い、単なる個人の性格差でしょうか?
まるで『ジョジョの奇妙な冒険』で、個のスタンド能力を極限まで高めて戦う承太郎と、仲間とのコンビネーション「柱の男」で戦うワムウたちのように、どこに力点を置くかが根本的に違うような…。

この「個人」を重視する西洋と、「関係」を重視する東洋の傾向について、社会心理学者のリチャード・ニスベットが驚くべき研究を発表しています。
提唱者について

出典: University of Michigan,
リチャード・ニスベット(1941年生まれ)は、アメリカの著名な社会心理学者であり、ミシガン大学の名誉教授です。
彼は長年、人間の思考や推論のプロセスを研究してきました。
研究の初期、彼は人間の思考は文化によらず普遍的だと考えていました。
しかし、ある時、彼の中国人学生との会話がその信念を揺るがします。
学生が「先生と私とでは、世界の捉え方が根本的に違うようです」と言った一言がきっかけとなり、文化と思考の関係性についての壮大な研究が始まりました。
彼は数多くの実験を通じて、西洋文化圏の人々が「分析的思考」を、東洋文化圏の人々が「全体論的思考」を用いる傾向があることを科学的に証明。
その成果をまとめた著書『木を見る西洋人 森を見る東洋人』は世界的なベストセラーとなり、比較文化論やビジネスの世界に大きなインパクトを与えました。
あなたは「木」と「森」のどちらを見ているか?
ニスベットが行った有名な実験の一つに、水中のアニメーションを見せるというものがあります。
アメリカ人と日本人に見せた後、何が見えたかを尋ねました。
すると、アメリカ人の多くは「大きな魚が3匹、左から右へ泳いでいた」というように、前景にいる目立つオブジェクト(木)から説明を始めました。
一方、日本人の多くは「水槽のような場所だった」「水は緑色で、水草が生えていた」と、まず全体の背景(森)から説明し、その後で「その中に魚がいた」と関係性の中でオブジェクトを語る傾向があったのです。
この実験は、文化によって「何に注意を向けるか」という、世界の切り取り方そのものが異なることを象徴しています。
西洋の思考は、まず主役である「モノ」に注目し、それを分類・分析しようとします。
東洋の思考は、まず全体の「場」や「文脈」に注目し、モノとモノとの関係性を理解しようとするのです。
「分析的思考」と「全体論的思考」
ニスベットが提唱したこの二つの思考様式は、私たちの日常のあらゆる場面に影響を与えています。
「分析的思考」は、物事を個々の要素に分解し、それらを支配する普遍的なルールを見つけ出そうとします。
これは、古代ギリシャ哲学に源流があり、物事の本質は文脈から切り離された個物にあると考える思想です。
一方、「全体論的思考」は、物事はすべて相互に関連し合っていると考え、個々の要素よりも全体の調和やバランスを重視します。
こちらは古代中国の思想に源流があり、部分を理解するためには、まず全体の関係性を把握しなければならないと考えます。
どちらが優れているという話ではなく、世界を見るためのOSが違う、というイメージです。

手順1:意見が対立した時に「背景」を探る
誰かと意見が食い違った時、私たちはつい相手の「意見そのもの」を否定しがちです。
しかし、相手がなぜその結論に至ったのか、その背景や文脈に目を向けてみましょう。
「この人は、チーム全体の和を考えて、あえて反対意見を言わなかったのかもしれない」
「彼は、個人の成果を正当に評価してほしいという価値観から、ああいう発言をしたのかもしれない」
このように、相手の意見を「森(全体)」の一部として捉えることで、単なる意見の対立ではなく、背景にある価値観の違いとして理解できるようになります。
これは、東洋的な「全体論的思考」を意識的に使ってみる訓練です。
手順2:物事の原因を「一つに絞らない」練習
何か問題が起きた時、西洋的な「分析的思考」は、原因となった「一つの要素」を特定しようとする傾向があります。
「〇〇さんのミスが原因だ」「このシステムの欠陥が問題だ」というように。
もちろんそれも重要ですが、一度立ち止まって、東洋的な視点を取り入れてみましょう。
「彼のミスを誘発した、チーム内のコミュニケーション不足はなかったか?」
「このシステムが作られた時の、組織全体の状況はどうだったか?」
このように、原因を一つの「点」ではなく、複数の要因が絡み合った「線」や「面」として捉えることで、より本質的な解決策が見えてくることがあります。
手順3:「自分」を主語にしない文章を作ってみる
私たちは、つい「私はこう思う」「私はこうしたい」と、自分を主語にして語りがちです。
これは、自分という「個」を世界の中心に置く、西洋的な思考の表れとも言えます。
そこで意識的に、「私たち(チーム、家族)にとって、何が最善だろうか」「この状況において、求められている役割はなんだろうか」と、主語を「私」から「私たち」や「状況」に変えて考えてみましょう。
これは、自分を「関係性の中の一要素」として捉える東洋的な思考のトレーニングです。
自分を客観視でき、独りよがりな判断を避ける助けになります。

まとめ
西洋の「木を見る思考」と、東洋の「森を見る思考」。
私たちは知らず知らずのうちに、自分が育った文化のOSに沿って世界を見ています。
ニスベットの研究は、どちらが正しいかという結論を出すものではありません。
大切なのは、自分とは違うOSで世界を見ている人がいる、という事実を知ることです。
その違いを理解することで、異文化を持つ人々とのコミュニケーションは、単なる「ズレ」から、世界をより立体的に見るための「学び」へと変わるはずです。
私もこの思考様式の違いを知ってから、海外のニュースや映画の見方が変わりました。
「ああ、この主人公の行動は、個人主義的な価値観がベースにあるんだな」と背景を想像することで、物語をより深く味わえるようになった気がします。
それは、世界という一枚の絵を、解像度を上げて見ているような感覚です。
今すぐできる3つのこと
今日のニュースを一つ選び、「この記事の背景にはどんな社会的な文脈があるだろう?」と考えてみる(2分)
家族や同僚との会話で、相手が使った言葉の「裏にある関係性」を想像してみる(1分)
日記やメモに、今日の出来事を「私は」を一度も使わずに3行で書いてみる(2分)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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参照元
参照元:The Geography of Thought: How Asians and Westerners Think Differently...and Why by Richard E. Nisbett (Goodreads) (https://www.goodreads.com/book/show/99428.The_Geography_of_Thought)
参照元:APA PsycNet - Culture and systems of thought: Holistic versus analytic cognition by Richard E. Nisbett et al. (https://psycnet.apa.org/record/2001-00206-003)
参照元:木を見る西洋人、森を見る東洋人 (https://www.amazon.co.jp/木を見る西洋人、森を見る東洋人-リチャード・E・ニスベット/dp/4771015427)
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