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しおしお日記|かたつむりの点心を無心で食べる6月。

6月21日(日)温泉に関する教訓

 和歌山の日帰り温泉に行った。

 大阪の中でも北の方に住むわたしにとって、和歌山は少し遠い存在だ。大阪は意外と南北に長くて、なかなか府外に出られないような感覚に陥る。

 温泉と共に、心のミッションにしていた「和歌山ラーメン」。なんとなくで入ったお店がとっても美味しかった。カウンターに最初からゆで卵が山盛りに置いてあって、わざわざ注文しなくても良いシステムになっているのが目新しかった。しかし、一日の終わりに残ったゆで卵はどうなるのだろう。

 目当ての温泉は、さびれた感じのショッピングセンターの地下にあった。とはいえ、地元の人に愛されているふうの温泉だった。お湯をすくって頬にぴしゃぴしゃとつけた。唇になんとなくしょっぱさを感じる。汗なのか、温泉なのか。

 温泉から上がって、和歌山県立美術館に休憩しに行った。なにやら顔がチクチクする。温泉の後、ちゃんと真水で流さず出てしまったせいらしい。温泉を流すと、温泉で得た成分がもったいないと思い込んでいた。だんだん我慢できなくなって、トイレに入り、盛大に顔を洗ったらだいぶマシになった。

 道の駅で今年初めての桃を買って帰った。あまり甘くなかった。


6月22日(月)中華粥はどんぶりで

 中華粥が好きだ。

 自分でもしばしば中華粥を作るのだけど、さらに中華粥好きの友人と中華粥部を結成し、たびたび中華粥を食べに行っている。

 今日はその活動日。奈良の飛鳥まで中華粥を目当てに行ってきた。大阪にあるうちからだと、まぁまぁ遠い。それも美味しい中華粥が食べられると思えば、それほど苦ではない。

 今回のお店は中華粥に点心と中国茶がついている。小さな蒸篭に入っている点心のひとつは、かたつむりの形をしていた。頭やしっぽの部分は具が入っておらず、蒸されて半透明になっている。子どもの頃に興味本位でかたつむりに触った記憶がよみがえる。記憶の中の触感に蓋をして、無心のままかたつむりを口に放り込んだ。

 ところで中華粥は、たっぷり食べたい派だ。ほぼ水分だし、食べればいっときはお腹がいっぱいになるけど、腹持ちが悪くてすぐお腹が空いてしまう。

 今回の中華粥は容器が小さめだったので、すぐに食べ終わってしまい、お店の人にお代わりがあるか聞いたら、ないと言われた。大人らしく「あ~そうなんですね~」と特に残念でもなさそうに答えたけど、心の中では「少なすぎるやろ!」と吠えているわたしがいた。

 仕方なく、月餅を頼んだけど、これも想像の半分ぐらいの大きさだった。たぶん、お店を間違えた。


6月23日(火)行方不明でいたい

 歯医者に定期メンテナンスに行った。

 呼ばれて、治療する椅子に座ると「旦那さんはその後どうですか?」と声をかけられた。

 なんのことだろう?と記憶を手繰れば、たしか少し前に夫が「口が開かない」と言っていたことを思い出した。その時、歯医者にかかったらしい。口が開かないから歯医者に行くというパターンを知って、内心驚いた覚えがある。

 けっきょく、歯医者で治療するようなタイプの問題はなく、日が経つにつれて自然と治ったらしい。おそらく義父の入院や手術などがストレスだったのだと思う。

 それにしても、夫婦で同じところに通っていると、こういう感じで声をかけられることが多い。鍼灸院も同じところに行っているのだけど、やはり「旦那さんはその後いかがですか?」と聞かれることがある。その都度、適当に返事をするのだけど、ほんとうはいつもモヤモヤしている。

 家族とはいえ、他の人の個人情報を勝手に話していいのか。わたしが言われているということは、夫も「奥さんはどうですか?」とか聞かれているのだろうな。自分の動向を極力秘密にしておきたいという欲求が、わたしにはあるのだと気づく。誰にも同行を知られず、いっそ行方不明でいたい。


6月24日(水)ズル休み考

 朝からどうにも身体が重くて、書道を休む。

 お休みの連絡をしてしばらく横になっていると、30分ぐらいで復活した。体調が良くなると、とたんにズル休みをしたような罪悪感が頭をもたげ、会社員時代にもたびたび同じようなことがあったと思い出された。

 それにしても「ズル休み」とはなんというネーミングだろう。ただ休みたいから休む。どこも痛くなくても、用がなくても、じっと動かずに巣ごもりしていたい時はある。それがたった30分でも、その「動きたくない」を優先することで、ヘルシーさを取り戻せるなら、必然なのだ。

 会社員時代はまだよかった。仕事の調整さえどうにかなれば、有休を使って休める。上司にしんどそうに聞こえるように、思い切り低くてダルそうな声を使って欠勤の連絡をするのが面倒だったけれど、それも時代とともにメールやLINEで連絡できるようになった。

 子ども時代はそうはいかなかった。母親という手ごわい相手に、休みたいと訴えるためには、相当な演技力が必要だったし、実際そんな演技力はなかったから、よっぽど体調が悪くなければ休めなかった。

 今はどうなんだろう。時代がだいぶ変わっているかもしれない。

 そんなことを思いながら、いつものようにPCに向かった。


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