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『愛猫がくれた「魔法」の言葉 —— 捨て猫との20年が私をTEDxの舞台へ導くまで』第5話

『二十歳の成人式、クロが遺した最後の声』



ある日、クリエイター仲間に誘われ、
私は保護犬ボランティアの手伝いに行くことになった。



「可愛い子犬がいっぱいいるからおいで!」


という言葉に胸を躍らせて向かったが、
そこで待っていたのは、想像していた光景とは違うものだった。

 

センターのケージ(クレート)の中で、
元野犬の子犬たちが身を寄せ合い、
ガタガタと震えている。


私たちは、彼らに人間を怖くないと教える
「人馴れ」のために呼ばれたのだ。


「おいで、大丈夫だよ」

おやつを差し出してみる。


けれど、彼らの瞳に宿る恐怖はあまりに深く
誰一人として歩み寄ってはくれなかった。

 

その後、センターで見せられたニュース映像が、
私の価値観を根底から覆した。

画面に映し出されたのは「ドリームボックス」という名のガス室。

ペットの殺処分の現実だった。


「この問題を、どうにかしなきゃいけない」


衝撃に打ちのめされた私は、それから何年も、
自分に何ができるのかを問い続けることになる。

 

特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン様よりドリームボックスの写真を提供していだきました。

けれど現実はままならない。



実家には、母が拾ってきた子猫が加わり、
新しい子を預かる余裕はなかった。
答えが見つからないまま、季節だけが足早に過ぎていった。

 

気づけば、私が小学4年生の時にやってきた愛猫の「クロ」は、二十歳になっていた。


「あんたの成人式はやらなかったけど、クロの成人式は盛大にやらなきゃね」


母とそんな冗談を言い合えるほど、クロは当たり前に隣にいた。

けれど、漆黒だった毛には白髪が混じり、歩幅も少しずつ、ゆっくりになっていた。

 

ゴキブリが苦手な私のために真夜中のハンターになってくれたこと。
泣いている夜、何も言わずに寄り添ってくれたこと。
母の美容室で「にゃおーん」と鳴いて来客を知らせる看板猫だったこと。

そんなクロが、ある日突然、食事を摂らなくなった。

 

その頃の私は、納期目前の大きな作品制作に追われ、寝る間も惜しんで作業に没頭していた。
余裕なんて欠片もなかったはずなのに、なぜかその日、私は無意識に財布を掴み、ふらふらと家を出た。

 

気づくと、スーパーのデザートコーナーに立っていた。

「……なんで私、こんなところにいるんだろ」

当惑する私の耳に、不意に低い男性の声が届いた。

『安いのにしとけよ』

落ち着いた、けれどどこか聞き覚えのあるようなトーン。
周りを見渡しても、それらしき人はいない。狐につままれたような気分で、私は自分も大好きなプリンアラモードとゼリーをカゴに入れた。

 

帰宅すると、ぐったりしていたはずのクロが、買い物袋を見上げて小さく鳴いた。

「あ、生クリーム好きだったもんね」

プリンの上のクリームを指先にすくって差し出す。クロはそれを数回、愛おしそうに舐めると、満足したように再び深い眠りに落ちた。

 

深夜、ようやく作品を完成させた。
泥のように眠ろうとした時だった。

また、あの声がした。

恐怖はなかった。むしろ懐かしいような感覚で、私はその「声」と、一時間ほども他愛もない雑談を交わしていた気がする。

 

けれど突然、空気が変わった。



『潰されるなよ!』



鼓膜を震わせるほどの、激しい怒鳴り声。

「ちょっと、潰されるわけないでしょ!」

私が思わず言い返した、その直後だった。

 

「クロが、死んじゃった……」



血相を変えた母が、部屋に飛び込んできた。

 

階下の台所。


冷たくなって横たわるクロに触れた瞬間、


視界が涙で歪んだ。


あの不思議な声は、クロだったのかもしれない。
最期に大好きな生クリームを食べて、
私に「強く生きろ」と喝を入れて旅立った。
そう思えてならなかった。

 

翌朝。


早朝の火葬しか予約が取れず、花一輪添えてあげることもできなかったけれど、私は泣きはらした顔で、クロを乗せた車に乗り込んだ。


クロの最後の写真。

《第6話》

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