『愛猫がくれた「魔法」の言葉 —— 捨て猫との20年が私をTEDxの舞台へ導くまで』第3話
『ばい菌と呼ばれた私、100万円貯めて東京へ脱出する』
月日は流れ、私は中学生になっていた。
五年生になれば、いつかあの地獄のような日々は終わると信じていた。
確かに教師からの執拗な虐待は消えた。
けれど、代わりに待っていたのはクラスメイトたちによる、出口のないイジメだった。
「ばい菌が移る!」
私が何かに触れるたびに上がる悲鳴。
露骨な「気持ち悪い」という罵声。
教室の入り口で待ち構える唐突な暴力。
四年生の時のあの一件以来、
学校には
「こいつには何をしてもいい」
という残酷な空気が定着していた。
友達なんていない。
それどころか、もう人も信じられなくなっていた。
あんなに好きだった絵を描くことも、いつの間にかやめてしまった。
自分の心の中をさらけ出すのが、剥き出しの神経を触られるようで怖くなったのだ。
九九や漢字を少しずつ覚え直してはいたけれど、
一度染み付いた
「自分は知能に問題がある」
という劣等感は消えない。
成績は学年最下位。
「明日なんか、来なければいいのに」
そう願いながら、死んだような目で天井を見つめる夜が続いた。
やがて高校受験が現実味を帯びてきた頃、私は絶望していた。
やっと義務教育という刑期が終わるのに、
また別の檻に入るなんて耐えられなかった。
保護者面談で
「もう学校には行きたくない」
とこぼしたが、母は首を振った。
「このご時世、高校くらい出ていないとどこにも勤められないわよ」
結局、私は偏差値が底辺で、
校則が極端に緩い私立高校へ入学した。
赤点さえ取らなければいい。
欠席も留年しない範囲なら自由。
そんな「放置」という名の自由が、当時の私には唯一の救いだった。
世の中はコギャルブーム全盛期。
派手なメイクで笑い合うクラスメイトを横目に、
私は黒髪のまま、誰の名前も覚えようとはしなかった。
そんな私に、小さな、けれど人生を揺るがす奇跡が起きた。
初めてのアルバイトに選んだのは、自宅近くの喫茶店だった。
ランチタイムには近所の工事作業員や会社員でごった返す、戦場のような店だ。
そこには、地元で「神童」と称えられる超高偏差値大学の女子大生がいた。
「あそこの娘さんは立派だね」
「うちの息子じゃ逆立ちしても入れない」
近所の大人たちがそう口を揃える彼女は、しかし、仕事ではミスばかりしていた。
注文を取り違え、皿を割り、私よりも先に店主に怒鳴られている彼女を見て、私は衝撃を受けた。
(あれ……? あんなに勉強ができる人なのに、こんなに失敗するんだ)
勉強では逆立ちしても勝てない。
けれど、この戦場(バイト先)なら、私の方が動けている。
「私、ちゃんとできるじゃない」
生まれて初めて、自分という存在が肯定された気がした。
それからの私は、何かに取り憑かれたようにバイトに没頭した。
ティッシュ配り、飲食店のホール。
学校では一度も味わえなかった「ありがとう」という言葉。
できることが増えるたびに、誰かが私を認めてくれる。
バイト先では、ほとんどの人が私より年上だ。
学校と家しか知らなかった私は、そんな先輩達に仕事以外のこともたくさん教わった。
時給がよかったり、まかないが美味しいアルバイトの情報、店長が機嫌の悪い時のかわし方
一人暮らしの苦労話
休みの日に遊園地で遊んだ
学校の行事もほとんど休んでいた私にとって、バイトの先輩達と羽目を外す時間はキラキラした思い出に溢れていた。
向こう側から見たら、私はよく懐いて来る小さな子犬くらいにしか思えなかったかもしれない。
でも、私から見ると
それが嬉しくて、誇らしくて、仕方がなかった。
バイトに夢中になったのには、もう一つ理由があった。
この閉塞感に満ちた地元を捨て、「上京」するための軍資金が必要だったからだ。
高校三年間、私は狂ったように働き、百万円の貯金を作った。
その頃、学校では進路指導が始まっていた。
授業が終わると、ひとりずつ別室に呼ばれて志望校の確認やら就職先の確認、面接の練習をしたりしていた。
私の進路指導の予定日よりも1日前…
同じクラスの女子生徒が教室で泣いている。
まわりで友人が彼女を慰めていた。
「医療事務に行きたいって希望を出してたのに、学年主任から
お前の成績では学校推薦できないから別の希望出せって言われた。」
と、大号泣。
確か…今日のホームルームでも担任が
「学校推薦を貰った人が、入学後に退学したり就職先でトラブルがあると翌年の学校推薦が取れなくなる」
とか
「まずは進路指導で言われた進学をして、そこから転校するなり転職は自由」
とか言ってたな。
でも、それって誰のため?
生徒ひとりひとりのためとかうわべでは言いつつ、結局学校のためだけに生徒が使われてるよね?
合格率とか何かの数字を上げるためのただの道具だよね?
自分の人生なのに、なんで学校に決められないといけないの?
そのことに気が付いた私は、帰宅後
すぐに母に相談した。
進路指導では、母の美容室を継ぐという建前を突き通した。もう誰も、私の邪魔はさせない。
学校の誰にも伝えずに上京の準備を密かに進めた。
卒業後、私は都内から電車で二十分のワンルームマンションに荷物を運び込んだ。
ペット禁止のため、愛猫のクロを実家に置いていくのだけが心残りだったけれど、
「お盆と正月には必ず帰る」と約束し、
私はドアを閉めた。
かつて私をばい菌扱いし「ろくな死に方をしない」と呪いを吐きかけた者たちは、もうここにはいない。
過去の私を知る者が一人もいない東京。
そこは、私にとっての天国だった。

《第4話》
