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ブルックリンの七五三と、くら寿司

妻と「駐在中だけど、七五三は絶対やりたいね。かわいい着物姿見たいよね」という話になった。調べてみると、ニューヨークでも七五三の撮影はできそうである。日本人のカメラマンさんや、七五三用の衣装がある着物屋さんを探し出し、6月中旬に撮影が出来ることになった。場所は娘の大好きなブルックリンエリアである。

快晴の七五三当日、娘は朝から、とってもご機嫌。

出張の着付け師さんが我が家まで来て、妻と娘のヘアセット、着付け、お化粧をしてくれた。娘は日本髪をセットしてもらい、赤い花柄の着物を着ると、リビングと洗面所を行き来しては、「どう?」と何度も問いかけてくる。生まれて初めて口紅を塗り、アイメイクをしてもらうと、娘は「赤くなったかな~」と言いながらジャンプして、洗面所のちょっと高い所にある鏡を必死に覗き込んでいた。今日ばかりは、お気に入りのオモチャのメイクセットは本棚に置きっぱなしである。

僕は、久しぶりにスーツを着た。娘はそれを見て、「結婚式のお洋服だ〜」と言って喜んでいた。1年前までは毎日着ていたのに、娘にとっては、家に飾ってある結婚式のアルバムの方がなじみ深くなっているようだ。スーツは、心なしかぶかぶかであった。

着付けを終え、車でブルックリンへ向かった。ブルックリンに到着すると、Tシャツ姿の人混みの中、着物姿の妻と娘は大層目立っていた。すれ違う人から「So cute!」「Are you Japanese?」なんて声をかけられると、娘は照れながらもちょっと誇らしげな顔をしていた。

しかし、いざ撮影を始めると、娘の調子はどんどん落ちていく。

僕が「カメラマンさんがかわいい写真撮ってくれるよ」と言っても、娘は「もう少し座る」と言ってストローラーからなかなか降りたがらない。

ブルックリン橋の上には遮るものは何もなく、太陽の光が容赦なく僕たちを照らし、着なれない着物が、ずっしりと娘の身体を包む。

体調が悪いわけではなさそうなものの、写真を撮る元気が出ないようであった。僕と妻は「お水飲む?」「お菓子食べる?」「抱っこして撮る?」など何とかして娘を気遣うが、一向に状況は変わらない。

疲れた娘を休ませてあげたい気持ちはあるけれど、七五三は家族にとって大切な節目でもある。どうにか笑顔を残せないだろうか。

ストローラーで俯く娘の前に立ち、気が付くと僕は、
「今日、撮影が終わったら、くら寿司に行こう!」
と言っていた。

自分でも「いや、なぜここで急にくら寿司?」と思いながら。

それを聞くと、娘はストローラーからサッと飛び降りて、「くら寿司行く〜! ポテトとうどんもあるかなあ」と早口で捲し立ててきた。僕はその勢いに乗って、「今日はびっくらポンもやろう!」と付け加えた。

それを聞いた娘は、“早く撮影やらないの?”という澄ました表情を浮かべ、橋の中央に向かって歩き出したのだった。

そこからの娘は、まるで別人だった。

カメラマンさんが「橋の真ん中に立って、こっちまでゆっくり歩いてきてね」と言うと、娘は笑顔でスタスタと歩いてくる。撮影用の和傘を渡され、「傘を持ってみて」と言われると、傘を背中にかけ、顔を斜めに傾けながら横目でカメラをちらり。どこで覚えたのか分からないが、まるでニューヨーク留学時代の黒柳徹子さんのようなポーズを繰り出した。

カメラマンさんが「ピースして」と言うと、娘は両手でダブルピースをしたと思えば、今度はピースを横にして片目を隠してみたりする。カメラマンさんからの要求に、ことごとく120点で答えていた。時々、暑さで疲れた顔を見せることはあるものの、僕が「この後、くら寿司だよ!」と言うと、また元気を取り戻す。

ブルックリン橋での撮影を終え、次は近くのダンボ地区に向かった。さすがに暑いだろうと思い、娘をストローラーに乗せて日除けを下ろすと、娘は「何の話してるの?」と言いながら、日除けを持ち上げて顔を出してくる。
さっきまで「もう少し座る」と言っていた人とは思えない。

娘のお気に入りのメリーゴーランド前に到着すると、さらに元気になった。「ママのこと追いかけてみて」と言われると、「キャー!」と声を上げながら妻を追いかける。芝生の上を走り回ったり、抱っこで撮る時には妻にぎゅっと抱きついたり、ときどき僕たちに「そろそろくら寿司かな~」と念押ししたり。撮影しているというより、いつも通り娘と一緒に遊んでいるような時間になっていた。

過去にも、写真スタジオに行ったり、カメラマンさんに家族写真を撮ってもらったりしたことはあった。普段、知らない人にカメラを向けられるとどうしても娘の表情は少し硬くなってしまうのだが、この日は違っていた。カメラの前で笑顔を作っているというより、本当に楽しくはしゃいでいるようだった。

撮影が終わる頃には、僕は心の中で「くら寿司、ありがとう」と呟いていた。

それにしても、不思議だった。

僕たちがアメリカでくら寿司に行ったのは半年ほど前に一度だけだ。くら寿司の話なんてしばらくしたことがなかった。
それなのに、なぜあの時、急に頭に浮かんだのだろう。
しかも、思いついてから口に出すまでのコンマ数秒の間に、「これは娘が喜ぶだろうな」という妙な自信まであった。

思い返してみると、こういうことは、七五三の日だけではない。

娘がお風呂に入りたがらない時、僕が「ぐるぐる抱っこでいくぞ~」と言って娘を抱きかかえて、笑う娘をそのままお風呂まで連れて行った。 
娘が夜眠れない時は、窓の外の星を一緒に数えた。
保育園から帰ってきて、娘が「英語が話せない」と泣いていた時は、チップとデールのぬいぐるみ相談室を開いた。 

正直、全部、その場しのぎの適当な思いつきだし、娘に全くハマらずに無表情で見つめ返されることもある。でも、何だかんだ成功することが多い気がする。

大学時代、お笑いサークルで一番面白かった同期が、「(株)って書いてマエカブって読むの面白いよな。こういうのを普段からストックしておくと、大喜利の時にパッと浮かぶんだ」と言っていたことを思い出す。

もしかしたら僕の中にも、娘を喜ばせるストックが溜まってきたのかもしれない。

娘が生まれてから、もっと言うと、1年前に仕事を辞めて駐在夫生活を始めてから、「どうすれば娘が喜ぶだろう」と考えることがずいぶん増えた。だから、ブルックリン橋の上で、パッと「くら寿司」が思い浮かんだのだろうか。

数日後、カメラマンさんから七五三の写真データが送られてきた。ブルックリン橋やメリーゴーランドをバックに、思い切り笑顔ではしゃぐ娘の写真ばかりだった。

写真を眺めていると、「パパー、一緒に遊ぼー」と娘が呼びに来たので、僕は娘について行く。娘の向かうおもちゃ箱の正面には、あの日の七五三の後にくら寿司のびっくらポンで手に入れた、宇宙服を着たタコのようなシールが貼られている。

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