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いろいろなことが、むずかしくなくなるってこと

noteを開くと「『#子どもの成長を感じるとき』コンテストを開催します!」という通知がきていた。

僕はnoteのコンテストが好きだ。
サボりがちな僕が、noteを書くきっかけになる。考える幅を広げることができる。結果が出るまで少しワクワクして過ごせる。だから、なるべくコンテストには参加したい。
でも、今回ばかりはさすがに無理かもしれない。

『子どもの成長を感じるとき』なんて、当たり前すぎて逆に何を書けばいいのだろうか。
僕の娘は3歳9か月になるが、生まれてから今まで、娘の成長を感じなかったときなんて一瞬もない。特にアメリカで主夫になってからは、MLBもNBAもNFLもNHLにもあまり興味がわかず、公園で娘と一緒に遊んでばかりの毎日だ。これだけ一緒にいると、毎日新しい成長を感じてばかりいる。

昨日は保育園がお休みだったので、娘と僕はマンハッタンのニューヨーク公共図書館へお出かけに行った。

グランドセントラル駅行のロングアイランド鉄道に乗ると、娘は車内をてくてくと歩いていき、自らボックス席に座り、よいしょと奥までお尻を動かす。少し前までは、娘は電車の揺れが怖くて、コアラのように僕の体にしがみついていた。僕が娘を座席に降ろそうとすると、小さい足をピンと張って必死に抵抗した。
それが今は、一人で席に座り、得意げに頬杖を付き、車窓を眺めている。

ニューヨーク公共図書館に着くと、娘は広間の人混みをくぐり抜け、きらびやかな階段に向かった。
手すりをつかまず、片足ずつリズミカルに交互に出して、すいすい駆け上がっていく。
少し前まで、左手で手すり、右手で僕の指をぎゅっと握りしめて、同じ段に両足を揃えながらゆっくり進んでいたのに。

僕は急いで階段を昇って追いかける。
そういえば、少し前まで、僕はバックパッカーのようにリュックをパンパンにしてお出かけをしていた。おむつ・おしりふき・着替え・ぐずった時用のおもちゃ・絵本・おやつ、娘が欲しがりそうなものは何でも詰め込んでいた。
それが今は、小さなウエストバックを肩から掛けるだけで十分になった。

図書館を出ると、僕たちはベーグル屋さんでベーグル2個とリンゴジュースを購入し、図書館の裏側にあるブライアントパークという公園でランチをした。ベンチに座り、一緒にベーグルを食べる。

今日だけでも、何度「大きくなったなあ」と思ったことだろう。 でもやっぱり当たり前すぎて、noteのコンテストに書くのは難しいなあ、なんて思いながら、何気なく、娘に「ねえ、成長ってしってる?」と聞いてみた。

すると娘は、少し考えてから「それって、いろいろなことがむずかしくなくなるってこと?」と返してきた。

僕は、中々に鋭いことを言うな、、、と感心しながら、「ああ、確かにそういうことかもね。なにか成長したって思うことある?」と続けて聞いてみた。

娘は、「はさみ!」と答える。

僕は驚き、「ハサミ?ハサミなんて使ったことあったっけ?」と問い返した。

娘は誇らしげに「ほいくえんで、はさみつかってプレゼントつくったんだよ!」と言った。

なんと娘は、いつの間にかはさみを使えるようになっていた。
僕は毎日、娘の成長をすべて見届けている気になっていた。 
けれど娘は、僕の目の前だけでなく、僕の知らない世界でも、ちゃんと自分の足で歩みを進めていたのだ。 

これから先、娘はどんな人生を送るんだろう。
学校に行き、友達と遊び、部活に熱中し、恋人を作り、やがて就職していくのだろうか。
そうやって世界が広がるたびに、娘にとって「むずかしくなくなること」はどんどん増えていき、それと引き換えに、僕が傍で感じられる娘の成長は少なくなっていくんだろう。

寂しいような、嬉しいような。

娘はベーグルを食べ終えると、「お馬さん乗りたい!」と言って、公園の中にある小さなメリーゴーランドに向かって駆け出して行った。
僕は娘のベーグルから綺麗に取り除かれ残されたトマトを食べながら、「エプロン外してからね!」と大声で叫び、笑いながらこちらに引き返してくる娘を眺めていた。

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