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今日が最後の日だったら

もし今日が、僕の人生最後の日だったら?

僕は、何をしたいだろう。

クリスチャンになる前なら、こう答えていたと思います。「この世を離れる前に、いちばん好きな食べ物を食べたい」と。

ですが、今はもう、そんなふうには思わないんです。

もし今日が人生最後の日だとしたら、僕はみんなに、イエス・キリストが本当はどういう方なのかを、伝えたいと思います。

「またそういう宗教の話か」と感じる方もいると思います。

その気持ち、僕にもよくわかります。昔の僕も、イエス・キリストの話を聞くのが本当に嫌でした。

ですが、それでも伝えたいんです。

イエス・キリストは、本当に実在する方なんです。 誰かが作り上げた、架空の人物ではありません。

この地上に実際に生きた、歴史上の人物です。今が2026年と呼ばれているのも、イエス・キリストがこの世に生まれたからなんです。

ほぼすべての歴史学者が、イエス・キリストは実在したと認めています。

ここで、本気で考えてみてほしいんです。

もし神が本当にいるとしたら、生き方そのものが、変わりませんか?

もしこの命が偶然の産物だとしたら、僕らは死んで、ただ消えていくだけです。

「みんな天国に行くんじゃないの」と思うかもしれません。 「死後の世界はあるはず」と感じている人もいると思います。

ですが、僕らがほしいのは、自分を安心させる「気休め」でしょうか? それとも、本当のこと、真実なのでしょうか?

たとえば、ガンの治療法を見つけた人がいたとして、想像してみてください。

それを自分の中だけに閉じ込めておけますか?本当にそんな立場にいたら、伝えなきゃいけないという責任を感じませんか?

僕は、イエス・キリストのことを世界に伝える責任を感じています。

もし聖書の神が本当に存在するなら、聖書は神から僕らへのメッセージそのものです。

そして神は、いつか「裁きの日」が来ると伝えています。

僕らがしてきた一つひとつの行動、頭の中で考えたこと、心の中にあった動機・意図。そのすべてが、神によって記録されているんです。

真っ先に認めますが、僕自身、神の基準を破ってきた者です。完全に、間違いなく、有罪です。

嘘をつくこと、誰かに怒りや憎しみを向けること、心の中で情欲を抱くこと。これらはすべて、神の律法に対する違反です。

「いやいや、そんなの聞いてないよ」と言っても、自転車の青切符ですら許してもらえません。

正直になってみましょう。この基準で裁かれれば、僕らはみんな、神の前で有罪です。聖書もそう言っています(ローマ3章)。

だから、罰を受けなければなりません。その罰は、永遠に続くものです。

それが、地獄なんです。

ですが、イエス・キリストは、僕らが受けるはずだった罰を、十字架の上で、代わりに引き受けてくださったんです。

僕らの身代わりになって、死んでくださいました。本当に罰を受けるべきだったのは、僕らだったんです。

そして、イエス・キリストは死から復活し、罪と死に勝利されました。

今、イエス様が望んでおられること。それは、僕らが自分の人生をかけて、イエス様を信頼し、信じて生きることなんです。

僕らは罪人。イエス・キリストは、救い主。

もし人生がただの偶然だとしたら、ここまで僕が話してきたことは、すべて無意味になります。嘘です。

ですが、もしイエス・キリストが本当に人となられた神であって、本当に僕らの罪のために死んでくださったとしたら?

これは、人類が受け取った中で、最も重大な、素晴らしい知らせなのではないでしょうか?

盲目的な信仰を求めているわけじゃないんです。寄付がほしいわけでも、どこかの組織に入ってほしいわけでもありません。

ただ、イエス・キリストと聖書のことを、自分で調べてみてほしいんです。

僕の言葉や、どこかの先生の言葉を、そのまま信じてはいけません。

自分で調べて、歴史的な証拠を見て、本当に根拠があるのかを、自分自身の目で確かめてみてください。

僕の願いは、ただ一つ。 あなたに、イエス・キリストを知ってほしいんです。 それだけなんです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


もっとイエス様のことについて知りたい方は、ぜひヨハネの福音書を読んでみてください。こちらからYouTubeで無料で見れます:

※こちらの動画の提供先の OneHope Japan や LUMO という団体とは僕は全く関係ありません。