「友達が少ないのは高知能だから」という、あまりに都合のいい勘違い
最近SNSで、
「高知能は孤独を好む」
という言説をよく見かけます。
この言説そのままには異論はありません。
しかし、
発信者が意図してか意図せずかは分かりませんが、この言説が好まれる背景に
「自分に友人が少ない(いない)のは、自分が高知能だからだ」
という考えを提供していることがあるように思えたんです。
そのことには違和感を持ちました。
いわゆる高知能の集団を見ていると
1人の時間を大事にしている一方、
友人関係も大事にしていて、
人との交流も、普通にある印象です。
では研究的背景はどうなっているのでしょうか?
おそらくネット上の言説の大元になっているのが、Li & Kanazawa(2016)の研究です。
これは米国の若年成人約15,000人というかなり大きなデータを使っています。知能はPeabody Picture Vocabulary TestをIQ尺度に換算し、友人との交流頻度と生活満足度との関係を調べています。
ちなみに、この論文で「高知能」とされた条件は+1SD、つまりIQ約115.6です。
結果として、
知能が低めの人では、友人と頻繁に交流するほど生活満足度が高い。
一方、
知能が高めの人では、その関係が弱くなり、むしろ頻繁な交流と生活満足度にわずかな負の関連がみられた。
という交互作用が出ました。
ここだけ切り取られて、
「頭のいい人は孤独を好む」
と紹介されることが非常に多いわけです。
しかし、原論文を読むとかなり話が違います。
知能と実際の友人交流頻度には、むしろ正の相関がありました。
r = 0.121, p < .001
つまり、この研究ではIQの高い人ほど、実際には友人とやや頻繁に交流していたのです。
高IQ群で交流頻度が高い場合の生活満足度低下も、効果量 d = -0.03 と極めて小さいものでした。
これは、
15000人という大きなデータを使ったので、統計的有意差が出たものの、
その差はほとんどゼロに近いくらい小さいということです。
なのでこの研究から
「高IQ者は孤独を好む」
とは言えません。
正確には、
「知能が高めの人では、友人との交流頻度と幸福度の関係が少し違う可能性がある」
くらいです。
ただ、「高IQ者は孤独を好む」ということをよりはっきり示した論文があります。
Boisselier & Soubelet(2021)は、高知能成人106人と対照群100人を比較しています。
“Sociability and need for solitude in gifted adults”
Psychologie Française, 2021.
高知能群の自己申告IQ平均は約140でした。
ここでは「一人で考えること」などを含む自律性/行動の自由(freedom of movement/action)尺度で、
高知能群 48.11 ± 8.59
対照群 41.96 ± 6.98
という有意差があり、
p < .001、η² = .13
でした。
η² = .13とは
「その要因によって、測定値のばらつきの約13%が説明される」
という意味でかなり大きな値です。
したがって、
「高知能成人には、一人で考えたり自分のペースで行動したりすることを好む傾向が強い」
という仮説には、一定の実証的根拠があります。
ところが面白いことに、この高知能群は同時に社会的交流への欲求が低かったわけではありません。むしろsociotropy(他者との良好な関係を求める傾向)はわずかに高く、研究者も「社会的交流を求めながら、一人になる必要性も強い」という特徴として解釈しています。
要するに、
「人嫌いだから孤独になる」
というより、
「人付き合いもするが、一人で自由に考える時間も強く必要とする」
という像に近いわけです。
「高知能は孤独を好む」
という言説は一定正しい面もありますが、
その高知能とはIQ140という、
大人になるまでの人生で、おそらく自他ともに十分気づいてるレベルの高知能であり、
かつ、
高知能は、孤独な時間を好むものの、友人関係が希薄なわけではなく、むしろ友人との交流頻度は高い可能性がある
ということです。
うっすら
「自分は高知能だから孤独なのだ」
「自分が孤独なのは高知能だからだ」
という誤った考えに繋げて
「高知能は孤独を好む」
という言説に賛同していませんでしたか?
