100km走ろうとした30才素人の末路 12/23(火) 日記
眠いぼくは、原さんに「今までで一番眠かったのはいつですか」と聞いてみた。
「三日間で100マイル(160km)走るレースの2日目、走りながら眠りそうになって、片目を瞑って半分寝ながら走りました」と言っていた。
ぼくなんてまだまだだと、背筋を伸ばされた。
「原さんに憧れます。ぼくも自分の限界にチャレンジしたいです。何から始めるのがおすすめですか」と聞くと、「一週1kmのコースを100周するか、宍道湖2周か、ですかね」と言われる。やりたくなった。早速、今月か来月にでもやってみたいと思う。
ボクサーでトレイルランナーの原さんに憧れ、100キロ自分の足で移動してみたいという初期衝動のまま、なにも考えずにとりあえずこの日走ってみようと予定を開けてみた。
それが今日だった。
ぼくは、昔から、旅行は予定を決めず目的地へとりあえず行ってみるし、試験勉強は過去問から始める。電化製品の説明書は読んだことないし、IKEAの家具もとりあえず組み立ててみる。
下調べをしないのだ。
なにが言いたいかというと、この100キロという距離を、僕は全く理解していなかった。まあとりあえずやってみようと軽い気持ちで始めたじぶんを殴りたい。
思えば、10キロ以上走ったことがない。普段特に運動もしない30歳の男にとって、これがどういうチャレンジになるか、その時まだ想像もできていかった。
走りながら、iPhoneのメモに記録をつけていた。見返すと恥ずかしいのだが、贖罪のため、ほぼそのまま公開しようと思う。笑ってみてくれたら嬉しい。
7時半起床。すっきりとした目覚めだった。
今日は100キロ走るんだ。
8時出発、のつもりが靴を結んでたら8時4分に。りなちゃんにハイテンションで「いってきます」と言って、いざ出発。
宍道湖に出るところで、すごい渋滞。これが通勤ラッシュか。天気は良好。
宍道湖大橋、右手に渋滞、通勤のおじさんたち。左手にはしじみ漁船。ぼくは、軽やかな足取りで走る。

宍道湖沿いのセブンイレブンで、羊羹を買う。きっかけになった原シショーが補給食としておすすめしてくれた。メンションして報告。宍道湖の北側国道432号線を平田に進む。
市街地を抜けた。しじみ漁は終わったようで、船が僕の後ろに進んでゆく。

8時15分、しじみ漁船の大群を見つける。ここにしじみがいっぱいいるようだ。

1キロ8分を守り続ければ、目標を達成できる。しかし足が勝手に動く。スピードは速い。わかっているが、想定以上のスピードが出る。おちつけおちつけ。
開始30分、足首、ひざ、各所に違和感を感じる。普段動かさない体が軋んでいる。
開始50分、原さんに言われた通り、宍道湖沿いを外れて右に逸れる。このまま真っ直ぐ行くと、歩道がなくなって、危ないらしい。

9時10分、早速道を間違える。舗装されてない、ぬかるんでいる道を進む。アスファルト以外を走るのは感覚が違って楽しい。

9時23分、10キロ到達。速すぎるくらいだ。体力もまだ余裕がある。100キロって意外とすぐなのか。左手には光る宍道湖。もうしじみ漁船はいない。

右手にフォーゲルパーク。ここ数分膝に違和感がある、止まると治る。
9時50分、膝が痛い。はやい。雲行きが怪しくなってきた。体力もまだまだ全然大丈夫だが、膝だけ痛い。
10時、膝の痛みが悪化している。これで100キロ間違えなく不可能だ。しかし、20キロで断念しましたというのは、恥ずかしすぎる。さいわい、膝以外に問題はない。
走り方の工夫で凌ごう。膝にできる限り負担をかけない。小股で、特に股関節の移動で体を動かす。膝が楽だ。動かしながら気付く、これ、競歩の動きだ。あれは膝に負担をかけず移動する方法だったのか。
10時10分、膝の痛みが引かない。まだ開始2時間、トラブルが早すぎる。座ってストレッチをする。もしかしたら準備運動不足か。あらためてやろう。
10時23分、ストレッチのおかげで前に進める。しかし膝は変わらず痛い。もう良い、前に進めれば良い。ゆっくりゆっくりと前へ進む
平田、宍道湖沿いのローソンでおにぎりを買う。少し座る。冷静に現状を見ると希望が薄すぎる。笑えてきた。いやいや、たぶん、少し休憩すれば治るはずだ。

しばらく座って、すぐに走り出す。痛みがなくなるかなという淡い期待は3歩目で消えた。すでに膝が痛い。
もういい、何時間かかってもいい。なにも考えずに前だけに進もう。今日は大山が綺麗に見える。平田まで来た。良い日に走ってるな。いや歩いてるな。このころ20キロに達した気がする。

11時半、現在地平田から斐川にむかってあるいている。もう走るのは諦めた。前へ前へと重い足を運ぶ。
ここで湧いてくるのは、ランナーへの尊敬である。身近には、はらシショー、あいさん、あと、わこ、ピノさんなど。
フルマラソン、いやそれ以上走る彼らの偉大さを今噛み締める。自分には体力があるという驕りは打ち砕かれた。ここにいるのは無力な自分。追いつきたいなあ彼らに。
現在地、平田西代橋。すでに歩くのもつらい。はじめから問題は股関節と膝だった。今思えば始まった瞬間からこの問題点は見えていた。自分と会話できていない証拠である。

橋の上を鳥が飛ぶ。彼らは車とか乗らない。自分の力で飛ぶ。その軽やかさが、羨ましく、恨めしい。
自動車に、自転車に、何度も何度も追い越される。自動車は、何十キロでも何百キロでも走ることができる。自分の足は隣町に行くのにも悲鳴をあげる。
文明のありがたみを感じる。当たり前のように毎日車や交通機関に乗っているが、これがなければ、行ける場所も会える人も、今よりずっとずっと、少なかっただろう。
そんなことを思いながら、体全体を使って歩く。上半身を振って足を前に運ぶ。足だけで歩くと痛いが、体全体を使えば膝の痛みが少ない。若き日に「へんな走り方」と思っていたおじちゃんの動きだ。あれは理にかなった動きだったのだ。
斐川町の道路沿い、普段車で横目に見て、怖いと思っていたカカシたち。横を通り過ぎると応援してくれてるような気がする。

「ありがとうありがとう、まだもう少し頑張ってみよう」と横を見るとこの顔である。

いつの間にか宍道湖の南側、国道9号線にでた。車に乗る人は、なにをあの人は歩いてるのだろうと思っているのだろうか。
今や痛いのは膝なのか股なのか。わからなくなってきた。足と呼ばれる場所の全てが痛い。
宍道を歩く。9号線にある食堂「はしもと」、看板に吸い込まれて中に入る。昼休憩の働くお兄さんや、老夫婦でごった返している。酢豚とコロッケと、ご飯大盛りと豚汁。これで700円くらいだった。

疲労に美味しいご飯が染み渡る。元気が湧いてくるのがわかる。
また出発したら痛みも引いているかもと、微かな期待を持って再び立ち上がる。
淡い期待は散る。足が痛い、なんならご飯食べる前より痛い。
腿が上に上がらない。50メートル歩いてる止まる、50メートル歩いて止まるをくり返す。
痛みを堪えて足を何度前に出しても、全然進まない。
宍道のスーパー「ベル」が見える。あそこで休もう。と、進めども進めども、近づかない。ああ、もう普通の徒歩より遅いだろう。
(はしもとから1時間くらい歩いた気がするが、今マップを見たら1キロの距離しかなかった。)
30km、絶望する。ぼくは自分のことを体力がある男だと思っていた。学生時代は足が速いやつ、ということで生きていた。しかし今のぼくは人から見てどう見えるだろうか。全く前に進めない。
しかし冷静に考えればそれはそうだ。100キロはおろか、マラソンだってみんな血肉の努力で走っているではないか。なにをお前は「100キロ行けるっしょ」みたいな簡単な気持ちで始めやがって。ふざけるな。
もう自分の浅はかさへの戒めである。自分の足だとは思えないような足を持ち上げ、一歩でも前に進む。その一歩にランナーたちへの贖罪と畏敬の念を込める。
さあ、松江へ向かおう。次みんなに会ったら心から尊敬の言葉を伝えよう。
あと、みんな当たり前みたいに、車に乗っているけど、それ普通じゃないからな。
宍道湖沿いを歩き続ける。体が痛いことにも慣れた。スイスイとチャリがぼくを抜いてゆく。もう、いいなぁとも思わなくなった。
走っていた時は、自分の体温も上がり、気付かなかったが、今日は寒い。徒歩より遅いこの運動量では、体温が上がらない。途端に体が震える。
感覚的に、これはヤバいと察する。普段であればいっぱい動いて体温を上げればいいのだが、足が痛すぎて、動かない。体を温めることすらできない。
ギブアップだ。スマホで駅を探す。
現在地は宍道駅と、来待駅のちょうど真ん中、どちらに行くにも2キロの道のり。しかたがない、と来待駅を目指す。
この2キロが、永遠にも思えるほど長い道のりだった。激痛を誤魔化しながら、無理やり足を前に進める。車に乗る人たちは不思議そうに僕のことを見る。俯瞰して今の自分を見て、笑えてくる。
ぎりぎり、本当にぎりぎりで来待駅へ到着する。ベンチへ倒れ込む。
すぐに電車が到着した。席へついて、自分の無力さ、電車の偉大さを噛み締める。
スマホを見ると、朝「100キロいってきます!」と投稿したストーリーズに、みんなから「がんばって!!」と返信が来ている。
隠岐のいちこさんから「6月第3日曜日は隠岐島へ!」と連絡が入っている。隠岐ウルトラマラソンだ。
僕は参加を決意した。この屈辱は、隠岐ウルトラマラソンで晴らすのだ。
松江駅へ到着する。駅の階段がつらすぎて、ここを降りるのに10分くらいかかった。

家に帰ると、休憩中のりなちゃんが迎えてくれる。向かいのもとさんも出てきてくれた。おじいちゃんのような動きの僕の姿を見て、めちゃくちゃ笑ってくれる。
終わった安心からか、足が全く動かなくなった。階段を登ることができない。何とかりなちゃんに介護してもらいながら布団に入る。足を動かせない僕を見て、りなちゃんはまた笑っていた。
原シショーに、今日の報告をする。
「出来るかどうかわからないことにチャレンジする姿勢がすごく好きです。昨日の大塚さんよりずっと100キロに近づいています」と言ってくださる。
そして、アフターケアの方法もたくさん教えてくださった。冷えピタとプロテイン。コンビニに買いに行こうと思ったが、やっぱり体が動かないため諦めた。
いつのまにか眠っていた。
日を跨ぐ頃にりなちゃんが帰ってきた。「これ買ってきたよ」と手にはプロテインと冷えピタを持っている。
僕のバカなチャレンジをみんなが見守ってくれる。こんなありがたいことがあるだろうか。
今回、自分の現在地は把握できた。限界まで足を動かす経験もできた。この限界を伸ばすのだ。
エイエイオー!おやすみなさい。
