プライベートクレジットファンド——隠しきれなくなった日《第7部》見えない爆弾の話
💣プロローグ
前回は、リーマンショックのバックレバレッジという根本要因が、プライベートクレジットファンドの構造とほとんど一緒であることを解説した。
構造は分かった。
しかし、もう一つ説明していなかったことがある。
そもそもなぜ、こんなことになったのか?
爆弾が埋まっていたのは分かった。
しかし誰が埋めたのか?
なぜ埋められたのか?
その土台にある話を、今回は掘り下げたい。

💣もともと、入れなかった
🔑 プライベートクレジットファンドは、もともと機関投資家だけの世界だった。
年金基金。
保険会社。
政府系ファンド。
巨大な資金を持ち、リスクを理解したプロだけが入れる場所だった。
流動性が低い。
満期まで資金が戻らない。
担保の評価が難しい。
そういう資産クラスだった。
だから機関投資家専用だった。
長期コミットメントで入り、解約しない前提の投資家だけに売られていた。
個人には関係のない世界だった。

💣2021年、扉が開いた
🔑 2021年1月。
ブラックストーンはBCREDを設立した。
謳い文句はこうだった。
「機関投資家クオリティのプラットフォームを、個人投資家に開放する」。
民主化、という言葉が使われた。
タイミングに注目してほしい。
2021年はSaaSバブルの絶頂期だった。
(SaaS:ソフトウェア開発企業)
「SaaSは不況でも解約されない」
「高成長・高収益・安定したサブスク収益」——
そういう神話が市場を覆っていた時代だ。
BCREDは最初からポートフォリオの26%をソフトウェア企業への融資に充てた。
意図的な選択だった。
バブルの頂点で作られたファンドが、バブルの熱狂を担保に個人投資家を集めた。

💣膨らみ続けた
🔑 扉を開けるたびに、資金が流れ込んだ。
2022年1月、BCREDの運用資産は326億ドルに達した。
設立からわずか1年だった。
そして2025年8月7日。
トランプ大統領が大統領令14330号に署名した。
「401k投資家へのオルタナティブ資産へのアクセスの民主化」
※401k(米国の会社員が自分で投資先を選ぶ確定拠出年金。日本のiDeCoに近い制度)
一般労働者が自分で積み立てた退職金市場——12.2兆ドル規への扉が、しずかに開いた。
一般労働者の退職金はまだ入っていない。
しかし「これからファンドがもっと大きくなる」というシグナルが走った。
富裕層と機関投資家の資金が、さらに流れ込んだ。
大統領令署名の背景を一つだけ記しておく。
ブラックストーンのCEO、スティーブ・シュワルツマンは2024年の選挙サイクルで共和党に4000万ドルを献金した。
署名の後、MAGA Incに500万ドルを追加献金した。
事実を並べる。判断は読者に委ねる。
大統領令の署名翌月、ブラックストーンとアポロは即座に401k向け専用商品の開発を始めた。
膨らみ続けた。
2025年末、PC市場全体で3兆ドル。
BCREDだけで820億ドル。
2020年比で市場全体が50%増。
扉を開けるたびに膨らんだ。
膨らんだ分だけ、出口が狭くなっていた。
💣しかし爆弾は、最初から埋まっていた
2022年、金利が上昇した。
SaaS(サブスク型ソフトウェア企業)バブルが崩壊した。
PSR(株価売上高倍率)100倍が10倍になった。
担保として積まれていたSaaS企業の価値が、静かに溶け始めた。
10分の1だ。
🔑 そしてAIが来た。
「SaaSのコードはAIが書ける」。
🔑 さらにAIエージェントが来た。
「SaaSのUIそのものが不要になる」
サブスクリプションモデルの根幹が揺らいだ。
担保が消えていった。溶けていった。
しかし融資は満期まで回収できない。
🔑 だからPIKローンで隠した。
第1部から第7部で解説してきた爆弾の正体は、ここにある。
バブルで積んだ担保が金利で萎み、AIで消えようとしている。
隠す方法も、限界を迎えつつあった。
🔑 そして2026年、隠しきれなくなった

💣一社ではなかった
🔑 ゲート発動の連鎖
ブラックストーンのBCREDがゲートを発動したのは、2026年6月4日。
しかしこれは最初ではなかった。
2月19日。
Blue Owl Capitalが個人向けファンドの解約構造そのものを変更した。
四半期ごとの解約申請を、静かに廃止した。
3月12日。
Morgan StanleyとCliffwaterがゲートを発動した。
Cliffwaterは解約請求14%に対して7%のみ払い戻した。Morgan Stanleyは請求の半分以下しか応じなかった。
そして同じ3月。
ブラックストーンは社員と会社の資金1億5000万ドルをファンドに投入し、全額払い戻しを実現した。
「問題ない」と言った。
4月。
ゴールドマン・サックスは株主への書簡にこう書いた。
「同業他社の中で、四半期解約上限5%を下回ったのは当社だけだ」。
解約請求は純資産の4.999%だった。
自慢できる数字ではない。
5%という上限に、業界全体が張り付いていることを、自ら証言していた。
6月4日。
BCREDがゲートを発動した。
社員の財布は、今度は開かなかった。
💣もう一つ、確認しておきたいことがある
調べてみた。
気になっていた問いがあった。
トランプ大統領令で扉が開いた12.2兆ドルの401k市場——
その一般労働者たちは、すでにゲートに詰まっているのか?と。
答えは「まだ入っていない」だった。
現時点でBCREDに投資できる個人の条件は、純資産25万ドル以上または年収7万ドル以上かつ純資産7万ドル以上。
富裕層限定だ。
401kの一般労働者向け商品はまだ開発段階にある。
つまり今ゲートに詰まっているのは——
富裕層個人投資家、機関投資家、そして日本の個人投資家だ。
一般労働者の退職金は、まだ扉の前に並んでいる。

💣日本の3316億円
🔑 BCREDに現在も流れ込む日本の資金
日本からの資金は、3316億円。
大和証券が個人投資家向けに販売したJPYファンド経由で、BCREDに流れ込んでいる。
そのファンドの目論見書にはこう書いてある。
換金上限は前四半期末純資産の5%。
BCREDがゲートを発動した場合、換金申込の受付を中止することがある、と。
しかしなぜか、購入窓口は、今も開いている。
換金が止まる可能性があるファンドを、今日も買える。
6月3日。
日本生命保険はブラックストーンに対し、今後5年間で1兆5000億円の運用を委託すると発表した。
翌6月4日。
BCREDがゲートを発動した。
💣世界のマネーも、同じ罠の中にいる
🔑 日本だけではない。
GCC諸国——
サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール。
湾岸の政府系ファンドは合計約5兆ドルの資産を運用している。
その一部が、ブラックストーンを含むプライベートクレジットファンドに長期コミットメントとして入っている。
しかし2026年、イランの攻撃が湾岸のインフラを直撃した。
GCCは戦費と国内需要のために、海外投資を引き戻す圧力にさらされている。
🔑 サウジPIFは海外投資比率をピーク時の約30%から20%へ引き下げる方針を表明した。
オイルマネーが出たい理由が生まれた。
しかし出られない。
長期コミットメントで入ったマネーは、ゲートとは別の意味で動けない。
日本の個人投資家は物理的に出口を塞がれている。
湾岸のオイルマネーは地政学的に引き戻せない。
理由は違う。
しかし同じ場所に閉じ込められている。
💣出口は開いている。しかし全員は出られない
🔑 ゲートは「完全に止まる」仕組みではない。
毎四半期、純資産の5%ずつ払い戻される。
解約請求が毎四半期10%で、上限が5%ならば——
残りの5%は次の四半期に繰り越される。
その間も、中身の資産価値が変動する。
数学的に言えば、全額が戻ってくるまでに数年かかる可能性がある。
BCREDは世界最大の単一プライベートクレジットファンドだ。
運用資産は約820億ドル。
その世界最大が、初めてゲートを発動した。
💣現時点での記録として
この記事は、結論を出さない。
BCREDがこの後どう動くか?
日本のJPYファンドの購入窓口がいつ閉まるか?
日本生命の1兆5000億円がどう動くか?
次の四半期が、答えの一部を出す。
見えない爆弾が、音を立て始めた。

💣エピローグ——次の扉
最後に一つだけ、付け加えておく。
日本のGPIF——運用資産277兆円——
は現時点でプライベートクレジットへの直接投資を行っていない。
しかし2025年11月、投資手法の範囲が静かに拡大された。
2025年8月、トランプ大統領が署名した。
12.2兆ドルの扉を、開けた。
新しい資金が流れ込んだ。
扉を開けるたびに膨らんだ。
見えない爆弾が、音を立て始めた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
次は第8部でお会いしましょう。
《了》
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📚 主な参考文献・情報源
Bloomberg / Reuters / CNBC / SEC Edgar(BCRED公式書類)/ FA Magazine / Yahoo Finance / Nikkei / 大和アセットマネジメント目論見書 / Congress.gov / KPMG "Democratizing Private Markets" / Freshfields法律事務所レポート / The New Republic / Revolving Door Project / Alternative Credit Council "Financing the Economy 2025" / Morgan Stanley Private Credit Outlook / Moody's Private Credit 2025 Outlook / Goldman Sachs Insights / S&P Global Market Intelligence / GPIF公式サイト・オルタナティブ投資取組推進状況資料
⚠️ 免責事項
本記事は、公開情報をもとにした個人による調査・考察です。特定の金融商品への投資を推奨・勧誘するものではありません。記事内の数値・事実関係は執筆時点のものであり、その後変更されている可能性があります。投資判断はご自身の責任において行ってください。本記事の内容によって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いません。
なお、本稿で特定の金融機関名(大和証券、日本生命等)や個別運用会社・ファンド名(ブラックストーン、BCRED、Blue Owl等)に言及していますが、これらはあくまでプライベートクレジット市場の構造的リスクや流動性の仕組みを具体的に解説するための事例として、公開情報に基づいて取り上げたものです。当該法人の社会的信用を損ねたり、特定の金融商品の購入や解約を勧誘・推奨したりする意図は一切ありません。
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