1on1:日本社会、なぜ上位下達が多いのか?①歴史的背景
日本社会では上位下達が多く、会話はあっても対話は少ない、と一般的に考えられています。とくに企業内や体育会系の部活で上位下達のコミニュケーションがよく見られるのではないでしょうか?組織や企業内、とりわけ上司部下間ではコロナ以前は男女に関係なく上位下達の会話がよく見られました。
さらに掘り下げていくと、歴史的にも、社会的にも、地理的にも、宗教的にも、言語学的にも日本社会では、目下が目上を忖度しなければならない社会となった訳が見えてきます。根深い理由がそこにあると言うことを私たちは認識しておく方が良いでしょう。
伝統的に上位下達の指示命令がごく普通だったからこそ、今の上司側は部下の言うことを傾聴する姿勢がいっそう必要になってきていると思います。
私たち日本人には上位下達のコミニュケーションが数万年の歴史を経て染み付いていると私は考えています。「率直に対話しましょう、傾聴しましょう、承認しましょう、質問しましょう」などと言うコミニュケーション方法が言い出されたのはせいぜいこの2 0年の間です。
「上位下達ではなく、心理的安全性を担保したまま、率直に対話しましょう」といっても、数万年の間に形作られた私たちのアンコンシャスバイアスはそんなに一気に変えることは容易ではないでしょう。
しかし一方現実を見ると、日本の失われた30年の状況は、「そんな悠長なことは言っていられない」と言うことも誰もが認識していることでしょう。
とにもかくにも、部下と上司が率直に対話や議論ができるまで意識してコミニュケーションをとり、建設的で時代にあった前向きな企業や社会に変革成長しなければならないのですから。この点については、2021年の10月に内閣官房内閣人事局から『国家公務員のためのマネジメントテキスト』が公表されました。政府からこのようなテキストが公表されること自体が国家の大きな危機感につながっていると私は考えました。皆さんはいかがでしょうか?是非一度このテキストをご覧になってください。政府からこのようなものが公表されるとは、おそらく目から鱗でしょう。
今日はまず、日本社会が上位下達のコミニュケーションとなった歴史的な背景をみてみたいと思います。
①歴史的背景
日本人は弥生時代以降農耕民族で島国。大陸にみられような共同体の大移動が難しい島国です。一時騎馬民族王朝征服説が言われましたが、今ではほぼ否定されているようです。日本ではゲルマン民族の大移動や、騎馬民族の大きな移動のような状況は見られません。西欧社会は、狩猟期間が長くかつ大陸で陸続き。遊牧民も多く移動に比較的慣れていたようです。日本人に比べると移動し易い背景がありました。そのため、他民族との交流も多く、対話や議論の必要に迫られたものと思われます。
最新の調査では、日本に農業が根付いて15000年ほど経っていると言われています。農業は経験値が高いほど、リスク(天変地異)を低減し、高い収穫量に貢献すると思われます。つまり、長く生きてきた人の方が、蓄積した知識と経験で共同体に貢献できたと思われます。
農業は天候によって収穫量が大きく左右されます。例えば「この季節にあの雲が出ているという事は、明日は雨になる」とか。あるいは「この季節であの空は明日も晴天だから、明日は稲刈りをしよう」といったようなことです。つまり、知識と経験によって尊敬されるようになっています。よって一般的に年齢の高い人の方が尊敬されるようになると思われます。そこで長老と言われる人たちが幅をきかせることになります。年配者や年上を尊敬する社会となります。上位下達のコミニュケーションの方が共同体にとってメリットが多かったと思われます。これが今の日本の長老政治にもつながっていると考えられます。
陸続きの大陸にある村落共同体の場合、異民族との戦争もしばしばでした。よって西欧社会では体力的にも精神的にも力のあるものがリーダーになります。と言う事は、体力が衰えたり年齢がいくと、リーダーを退かざるをえなくなります。これが社会の流動性の下地となります。長老といえども、体力と精神力が衰えると退かざるを得ないのですね。変化に対応できるものがリーダーとなり、部族を率いるリーダーは敵と交渉し、共同体内を1つにまとめる統率力も不可欠となったことでしょう。しかも、民族移動をした後は、新天地で、一から共同体をつくり上げることになります。リーダーとなるものが強く求められた背景にはこのようなことがあったのではないでしょうか?新たな新天地での共同体の設立、成長の意思決定には強いリーダーシップが不可欠と考えられます。それ以前に定住していた地域での経験値はあまり役にたたなくなっていることも考えられます。新たな強いリーダーが必要とされる背景がこの辺りにあったような気がします。つまり、年配者と言うだけでが尊敬の対象になるという環境ではなかったと思われます。
以上を見ますと大きな違いが見られます。それは日本では地域社会の移動は無いと言うこと。一方、西洋社会では共同体そのものが移動することがあるということ。これが大きな違いです。つまり、日本では地域が変わるという環境変化がほぼないと言うこと。つまり、ほぼ絶対的な定住です。これはより変化の少ない社会であることを意味します。一方、西欧社会では共同体の大移動により大きく環境が変わることがあると言うことです。
次回は、地政学的な面から日本社会が上位下達を優先する社会になった経緯を見てみたいと思います。
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