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「ぷくおっさん」という名の金魚のいた日々

第一章 ぷくがやってきた

我が家の中心は、いつだって金魚の「ぷくおっさん」だった。

金魚なのに、妙に人間くさいやつだった。

11月下旬、我が家に金魚がやってきた。
ホームセンターで売っていた、398円のはね出しのピンポンパール2匹。

真っ白でまんまるで可愛い子たちだ。

「一番小さい二匹をください!」

大きく育てよう。そう思って選んだ。
弟が可愛がるのをみて、勢いだけで連れてきた。
知識も経験もないままに。

二匹にしたら、とんでもない奴に飼われてしまった。

早速、16リットル水槽に金魚2匹とメダカ10匹を同居させた。

しかし、1週間もしないうちに、様子がおかしくなった。

沈みかけては、ジタバタともがき、浮こうとする。
体も赤いし、呼吸も荒い。

なんかヤバいか?

やっと調べ始めた。どうやら赤斑病らしい。

隔離して塩水浴をさせた。

元気になったと思ったら、別の子が沈んでいく。
交代で病気になり、バケツ入院を3回繰り返した。

3回目の退院後、ご対面させた。
すると、金魚同士の意思が通じ合ったのか。
体をぶつけあってハイタッチをした。

スゲェー!

しかし、まだ二匹に名前はない。

尾びれが裂けてる子と、そうでない子。
そう見分けて、「金魚」と呼んでいた。

まことに雑だ。
私はそれすら気づいてなかった。

飼い始めて1ヶ月。
だんだん愛着が湧いてきた頃だった。

クリスマスイブの日。
仕事から帰ってきて覗いたら、一匹は底に沈んでいた。

ショックで膝から崩れ落ちた。
罪悪感に苛まれながら亡骸を掬った。

尾びれが裂けてない金魚は、目まぐるしく泳ぎ出した。

その残った一匹を、丸いフォルムから「ぷく」と名付け、そう呼び始めた。

ぷくは穏やかな性格でメダカと一緒に餌を食べ、威嚇することもなく、疎まれることもなく毎日そこにいた。

一匹じゃ可哀想かと店に行き、また小さな二匹を連れて帰った。

これが「オレンジ」と「にしきの」だった。

水槽の中は、また少しだけ賑やかになった。ぷくは、何も言わずそこにいた。

第2章 おっさんへの道

ぷくとオレンジ、にしきのの3匹生活は順調だった。 

オレンジもにしきのも順応性が高いのか、元々の性格か、喧嘩することもなく、穏やかな水槽だった 。

声を掛けると人を覚えるらしい。
そう聞いて、私は3匹にPRを始めた。

「みんな〜っ、元気ぃ〜〜〜?」

歌のお姉さんばりに声を掛け、餌をばらまいた。

ピチャピチャピチャ…

我先にと奪いあう。

ドイ〜〜〜ン

新入りに弾かれ、食べ損ねても、間抜けな顔して、脇に流れてきた餌で満足顔のぷく。

暫くして、いつまでもメダカ用の餌ではと、
金魚用の正露丸みたいな餌に変えた。

喧嘩にならないように、一匹に◯粒と決め、古株からと、ぷくの口元にピンセットで狙って落とした。

餌が沈む前に、水面に口を近づけ、斜めになるが、アンバランスな体は前に進めず、垂直に下がっていく。

ぷくのその姿に

「ムーンウォーク」

と名付けた。

金魚のくせにマイケル・ジャクソンだった。

しかし、観客を魅了させてるうちに、また食いっぱぐれていた。

毎度餌を食いっぱぐれてるぷくに、なんとか食べさせようと、旦那は作戦を練った。

ピンセットで一粒、水槽に突っ込む。
4匹がワーッと寄って来たらピンセットを横にずらす。
するとみんなつられて追ってくる。
もちろん一番後ろはぷくだ。
そしてパッと素早く、ぷくの口元へフェイント。
で、一番にありつける作戦らしい。

ギャグみたいな策だ。

しかしそこはぷくだ。
フェイントにビックリしてるうちに取られる。

「オマエ、いいヤツだな」

愛しさが募ってきた。

段々人馴れして、気配で寄ってくるようになってきた。

餌が欲しくてムーンウォークを張り切るが、壁に頭を打ち付けやめるか、他の子にぶつかりやめるかだった。

そんなぷくに家族はどんどん夢中になった。

朝は旦那がうんちを取り除き、餌やり。
夕方は息子がやる。
私は朝と昼下がりにペットボトルの氷柱を交換した。

「こんなに尽くされて幸せ魚だね!」

…と勝手に恩を着せる。

にしきのとオレンジを迎えた1週間後、
またまた新しい仲間を迎えた。

今度は過去イチ小さく白い子、
ちょうちんパールの「テケテケ」。

ぷくはテケテケも温かく迎え入れた。

一家の大黒柱となったぷくは、

「ぷくおっさん」

と呼ばれる様になった。

そうして貫録のある姿に成長していった。

いつもどっしりと構え、餌の時間になって、ちびっこ達が素早く横取りしても 、なんとなく余裕さえ感じた。

貫録が出てきて気づいた。

ぷくおっさんは体一面についてるパールが所々ない。はね出しの意味はこれか…。

しっかりハゲている。

『デブでハゲで色白、でも優しいいい奴』


昭和のアイドルみたいなキャッチフレーズがついて、すっかり我が家のアイドルになっていた。

ぷくおっさんの話をする時は最後に「仕方ない…」と言ってキャッチフレーズを唱えた。

そして、「おっさん」と省略されるようになった。

一人称も「ワシ」となった。

おっさん達は食べ過ぎるとすぐ病気になる。だから餌は控えめ、故に腹ペコだ。

浮いてる小さなモノは全て餌だと思う。

ある日、彼らのうんちだと思われる物が浮いていた。

パクッ

口にしたのはオレンジ。

その瞬間、おっさんとにしきのは餌の時間だと勘違いして、猛スピードで寄ってきた。

プッ

気づいたオレンジは吐き出し、どっかに行ってしまった。

「チャンスだ!」

おっさんがパクリと食べた。

珍しく鈍臭いおっさんが勝利したのだ。

.....しかし吐き出す。

今度こそはと、にしきのが狙って飛びつこうとした。

その瞬間、またまたおっさんがパクリ。

素晴らしい〜またまたおっさんの勝利だ!

だが、やっぱりそれはさっきのうんちだった。

……おっさん、あんたはアホか。

どっか抜けてて憎めない、心から愛しいと思う、おっさんであった。

ある日の会話。

「ねぇ、ぷくおっさんってホントにオスなのか?実はぷくおばさんだったりしないのか?」

「やめよう、やめよう。ぷくおっさんはゴロがいい。うちは男ばっかりだから、オスでいい!なんならみーんなオスだ!」

「えーっ!春にメダカが産卵した時に、ホテイアオイをひっくり返して、卵を探していたくせに〜」

勝手な飼い主たちだ。おっさんの子供、見たかったな。

やはり全員オスだったのか?卵はひとつも見当たらなかった。


第3章 仲間たち

ある日の朝、水槽を覗いたら、まさかの光景を目にした。

にしきのが死んでいた…。

水面に浮いた姿は、時間の経過を感じた。

そういえば最近、ガツガツしていなかった。今さらだ。

掬っておっさんの同期の隣に埋葬した 。

悲しみも癒えぬうちに、今度は末っ子のテケテケが、バケツ入院した。

私は末っ子にかかりっきりだった。

おっさんとオレンジは、旦那と息子が世話してくれていた。

テケテケは、わずか2日の闘病生活の末、
力尽きた。

悲しくて悲しくて、バケツを抱えて泣いた。

テケテケを埋葬し、落ち着いた頃、水槽を覗きに行った。

おっさんはハゲた頭頂を私に見せて、

「ワシを見てみぃ〜。元気出しな〜」

と励ましてくれた。敵わないな。

大切な仲間が二匹もいなくなり、おっさんと
オレンジだけの水槽は広すぎた。

なにより私らが寂しい。

また新しい仲間を連れてきた。

オレンジによく似た「ちび白」と、左右差のある目の「ガチャメ」。

この子らは初めてのタイプで、
かなりの小心者だった。

バケツの中でじっとしていて、
泳ぎ方はゴキブリだった。

「変な奴らを連れて来てしまったか?」

一抹の不安がよぎり、暫くバケツ飼育にした。

そろそろいいかな?と、おっさん家に同居させた。
案の定、小石みたいに動かない。

警戒心の強い子らだった。

入居して数日。
ゴキブリ泳ぎも落ち着いた頃、実はわんぱく坊主のガチャメが、いきなりおっさんにアタックを仕掛けた。

おっさんは「なんだ、なんだ?」と焦って早足で進んだが、すぐユラユラとした。

怒らないおっさんに調子にのったガチャメは、何度もアタックを仕掛ける。

「一番ペーペーのくせに生意気だ!」

そして、一度すごい勢いでアタックされた時がある。

びよよ~ん〜

体が真横に転がってしまった。

「この野郎ーっ!!ガチャメーッ!!」

スン!

華麗に体勢を立て直したおっさん。

水槽に毒を吐く私よりもずっとオトナだった。

そんなイジられキャラのおっさんだが、息子がこんなことを言っていた。

「この前、おっさんを先頭に、縦一列になってさ。

おっさんの泳ぐ通りにあとをなぞるみたいに、みんなで泳いでる時があったよ。

まるでサザエさんのエンディングみたいで笑ったよ。」

なんだかんだ言っても、やっぱり大黒柱なんだ。

私の知らない話に、胸が熱くなった。


第4章 みんなで暮らす

冬の寒い日、オレンジが水槽の底で横になって瀕死の状態になっていた。

パニックになり、急いで室内に移すことにした。

まずは元気な3匹をバケツに移した。

マヌケな顔した3匹も、さすがに私が鬼の形相で網を突っ込み、追い回すから、マッハの速度で逃げ回る。

「なんだ、やれば出来るじゃん、速いよ」

そんなこと言ってる場合ではない。とにかく3匹を!と急ぐが、一番最初に掬われたのは、やっぱりおっさんだった。

バケツを室内に置く。さすがのおっさんもソワソワしていた。私が振り回したせいだ。

オレンジのいる水槽も室内に入れた。

底砂が落ち着いた頃に、3匹を戻した。小心者の二匹は、また小石みたいになってしまった。さすがのおっさんもじっとしたままだった。

初めて見るおっさんのピンチだった。
これ以上、刺激しては可哀想。

私は部屋の灯りを消して、ドアを閉めた。
エアの音だけが聞こえていた。それは、彼らが生きている音だと思いたかった。

室内に移し、全ての環境は整った。

しかし、オレンジは横になったまま、
わずかに息をしていた。
ちび白とガチャメはよほど怖い目にあわせてしまったんだろう。
ドアを開けただけで、小石になった。こちらが岩になると、ゴキブリ泳ぎをした。なかなか警戒は解けなかった

そんな中、おっさんだけは順応してきてくれた。ドアを開け、覗き込むと、ムーンウォークをするようになってきた。
でも、冬で餌切り中。
いくらマイケル・ジャクソンになっても、
おひねりは飛んではこなかった。

しばらくすると、おひねりを諦めたのか、のろのろと水槽を漂いだした。

私らは環境を変えて心配だったが、マイペースなおっさんが、水槽の指標になっていた。


そんな中でもある日、息子が笑いながら動画を見せてきた。

とびっきりのスペシャル映像だった。
ガチャメがおっさんに、北斗の拳みたいに

アタタタタタタ……

目にも留まらぬ速さで、つついていた。
さすがのおっさんもビックリして、数センチだけ逃げた。

「ちょっとビビってるかも…」

何回突かれたか?何度も再生し数えるがカウントできず、何度見ても笑ってしまう。

侮れないクソったれガチャメ。そしてまぁまぁなダメージにも不動のおっさん。

オレンジの危篤の中、こいつらは相変わらず平和で、私らの心のバランスをとってくれていた。



笑っていられたのも束の間。

オレンジが死んだ。

発見から21日目の朝だった。悲しくて悲しくて、呆然としていた。
水槽はいつも通りだが、オレンジに近づいてる子がいた。
あれは誰だったんだろう?

「いつまでもここには置いておけない」

豆腐の空き容器の棺にオレンジをいれて、水槽横に並べた。

「オレンジ死んじゃったよ…」

そう声をかけたのに、おっさんはムーンウォークをしていた。

笑いと涙が一緒に出た。

3匹になっても、いつもと変わらず、それがまた寂しかった。

「誰か!少しは悲しみなよ!」

少し怒れた。


第5章 別れ

オレンジがもし病気で水中に菌があったら…。

そう思って、水槽の水を3分の1替えることにした。

素人考えだった。この時は、こうすることがいいと思った。

結果、良かったのかどうか、わからない。

翌朝、おっさんは沈んだまま動かなくなっていた。

少し頑張って浮いても、すぐに沈んだ。

昨日はまだマイケル・ジャクソンだったのに。

ちび白もじっとしてる。
ガチャメはトンネルの中から出てこなかった。

嫌な予感がして、AIに質問した。

「高齢だし、環境の変化で一次的な省エネモード、休息モードと思われます」

ふーん、そうなんだ…。

都合よく信じた。

そのまた翌日、尾びれフリフリはしているが、傾いていた。

AIは「寒さによる低活動」と言った。

ものすごく嫌な予感がした。

水槽を見るのが怖かった3日目の朝。

おっさんの体は、尾びれから半分が透けていた。
近くのタニシをどけても無反応だった。

「おっさん、おっさん!」

呼びかけてもムーンウォークもしないし、尾びれフリフリもしない。

横になったまま、わずかに息をするだけだった。

おっさんの危篤に、私は私を責めた。

息子は黙って何も言わなかった。

旦那は、

「水換えが悪かったんじゃないか」

「私は良かれと思ってやったんだ!」

自分の中で自分を正当化していた。
そうでもしなくちゃ、保てなかった。

AIは、
「おっさんは苦しくはないです。
静かに終わりを迎えようとしています」

「昨日までは、高齢とか休息モードとか言ってたのに!嘘かよ!適当なこと言うなよ!」

AIに八つ当たりした。

「仮に弱ってるとわかっていても、やれることはありませんでした」

「チッ、なんだよ!夢も希望もないのは相変わらずだな」

私はAIに、希望の言葉を期待していたのに、あっさりと見切られたと思った。


水換えして4日目。
雪がうっすら積もった朝。起きて真っ先に水槽へと走った。

おっさんは息を引き取っていた。

形を大きく崩さず、昨日居た場所で、静かに静かに居なくなっていた。

やっぱりな…。 冷静だった。涙もでない。悲しいのに…。

「おっさん、おっさん………」

何度も呼んでみた。

「おっさん…ごめん…」

涙がポロリと出た。

「おっさん死んじゃったよ…」

息子は黙ってうなずいた。

後ろ姿だから顔は見えなかった。

「もう埋めていいから!」

そう言って、あわただしく出勤した。

旦那は、私に対して怒っているのか、悲しみを隠してるのか、険しい表情で見にも行かなかった。

私は水槽の前でひとりぼっちだった。

そして、このあとの記憶がない。

「おっさん埋めるよ」

旦那に声をかけたが、こちらを見ずに、

「うん…」

そう言い残し、出ていった。

一人で豆腐の空き容器の棺に入れたおっさんを、庭のみんなが眠る花壇に連れて行った。

深く深く穴を掘った。


「ぷく。ぷく…ぷく…」

涙で目の前が滲んだ。

最後は本名で呼んであげた。

私はぷくに感謝の言葉をかけ、土の上に置いた。

体が見えなくなるまで餌を入れた。

「ゆっくり沢山食べなよ、ぷく」

土をゆっくりかぶせた。



雪はすでに溶けていた。


第6章 ぷくを想う朝

大黒柱が居なくなった水槽は、小さな2匹だけになった。

寄り添っている時もあった。
ちび白はじっとしていて、ガチャメはトンネルの中に引きこもることが多かった。

ぷくが逝って13日、ちび白が亡くなった。

翌日、後を追うようにガチャメも亡くなった。

ガチャメはわんぱくだったのに、本当は一番の寂しがり屋だった。

誰も居なくなった水槽のエアを止めた時、全てが終わった。


少し気持ちが落ち着いて来た頃、息子がみんなと出会った店の水槽の動画撮影をしてきた。

20匹くらいのピンポンパールが泳いでいた。

「これ、ブラックジャック」

「この子は、志村(けん)」

笑いながら名前を付けてみたものの、うちに来てとは思えなかった。


私の心はまだ喪中だった。




少し肌寒い4月の土曜の朝6時半、ヨガのレッスンが始まる。今日はレースのカーテンも開けてみた。

レッスンが始まった。
足指をほぐす時に、顔をあげて、窓の外の見慣れた景色を見た。

そこには、軒下に物干し竿があり、風鈴と大きな洗濯ばさみがひとつ下がっていた。

今日は風がほとんどないようで、風鈴は鳴らない程度に揺れている。

ふと、1年前の今頃を思い出した。

この軒下に水槽があり、ぷくおっさんが泳いでいた。

ヨガが終わって覗くと、餌をおねだりして張り切るが、ムーンウォークで下がっていく。

間抜けで可愛いヤツだった。

洗濯ばさみはエアをソーラーで動かすために、留めていたものだったことを思い出した。

まだ朝は少しひんやりしている。

春の陽射しとウグイスの声の中、ぷくおっさんを想う朝だった。


         

 




















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