「1000円」の価値~ステージアップ~
ごあいさつ
こんにちは
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いつもありがとうございます
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おはようございます😊
今朝は、なおの縁側さんの記事を読ませていただいて考えたことを綴りたいと思います。
なおの縁側さん
私に考えるきっかけをいただきありがとうございました😊
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ある日、突然舞い込んだ幸運。
私も過去に、ギフト券が当たったことがありました。
そのときにはこんな感覚はなかったのですが、今回、記事を読ませていただいて感じたこと。
それは、同じ1000円でもお財布の中の1000円とはまったく違う種類の喜びを連れてきているということ。
同じ"1000円"なのに、なぜこんなに嬉しいのだろう。そんな心の中の問いをきっかけとして…..。
1000円という価値に対する気持ちの違い。
それは、1000円を手に入れた「価値」ではなく、受け取った「気持ち」が心を動かしているものなのかもしれません。
財布の中にある1000円は、生活の一部として機能しているお金。
食材を買ったり、移動に使ったり、生活を支える一部として溶け込んでいるもの。
そして、その1000円は、働いていただいたお金でもあるということ。
一方で、
突然舞い込んだキャンペーンで当たった1000円とは、「誰かからいただいた」もの。
期待していなかったタイミングで、思いがけず届けられたプレゼント。
そこには、1000円という数字以上の意味が生まれている。つまり、「思いがけず」という感動そのものに価値を感じるのかもしれません。
同じ"1000円"であっても、心が動いた分だけ、その価値が増幅される。
予定外の喜びは、人の心に余白をつくる。
「今日はちょっといい日かもしれない」と思える気持ちも、その余白から生まれるからかもしれません。
予定どおりに手に入るものは、安心をくれる一方で、心の動きは小さめ。
けれど、予定外のものは、日常に少しだけ風を吹き込んでくれて、心の動きも大きくなる。
私たちの生活は、こうした予期せぬ小さな出来事にも支えられているのかもしれません。
ギフト券を何に使おうか考えることは、財布の中にある1000円札をどう使うか考えることとは明らかに違っています。
同じ金額なのに、思いがけず舞い込んだ1000円になると、それを使う基準が「せっかくだから」に変わる。
手に入れた金額ではなく、そこから生まれる「物語」に価値を感じている。
1000円という価値に対し、そこに偶然性が加わると、特別な意味を帯びる感覚がする。
ーーそう思って、手元の財布の中にある1000円札を見てみました。
すると、
「この1000円札は、今日の午後には野菜に変わっているんだよね」
ふと、午後に予定している買い物のことが頭に浮かび、目の前の1000円札がどこか寂しそうに見えました。
けれど、お財布の中の1000円札も、生活を支えてくれる大切な存在です。
「わが家に野菜をもたらしてくれる1000円札さん。今日もありがとう。また戻ってきてくださいね」
午後からの買い物では、お財布の1000円札に、そんな言葉をそっとかけようと思います。
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お時間をいただきありがとうございました。
皆さまからお寄せいただくコメントが、大きな励みと学びになっています。
