【ハッピーライティングマラソン40】今、手放すと心が軽くなりそうなことは何ですか? ~ステージアップ~
ごあいさつ
こんにちは
目にとめていただきありがとうございます
フォローしてくださっている皆様
いつもありがとうございます
本田健さんのハッピーライティングマラソンに参加させていただいています
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今、手放すと心が軽くなりそうな
ことは何ですか?
「わが子への心配」
つい、間違えないようにと声をかけてしまう。
娘の行動の一つひとつが気になってしまう。
友人関係や勉強のことも、あれこれと心配になる。
「社会に出る前に教えておかねば」
そんな思いが先に立ち、気づけば先回りして言葉を差し出している自分がいます。
その結果、娘が自分で考える機会を奪ってしまってはいないか。
誰かに頼れば答えが返ってくる環境を、つくってしまってはいないか。
一人で買い物に行くことも。
病院に一人で行くことも。
そうした日常の場面の一つひとつを、親が一緒でなければできなくなってしまうとしたら――
それは本当に、娘のためになるのでしょうか。
◆◆◆
昔、「はじめてのおつかい」というテレビ番組をよく見ていました。
番組の構成上、もちろんスタッフさんの見守りはあります。けれど、幼い子どもが一人でおつかいを果たそうとする懸命な姿には、胸を打たれるものがありました。
――あれは、私が子どもの頃の話です。
坂の上の団地に住んでいた私は、小学一年生くらいだったでしょうか。
ある日の夕暮れ、母から「カレー粉を買ってきて」と頼まれました。
団地の坂を下った三百メートルほど先に、小さな商店がありました。
でも、それまで、そこへ一人で行ったことはありませんでした。
一人でお店に入るドキドキ。
カレー粉はどこに置いてあるのか。
お金はどうやって払うのか。
お釣りの計算は間違えないか。
無事に家に帰れるだろうか。
そう、頭の中で何度も確認しながら、私は坂を下りました。
そして坂を下りきり、お店に入りました。
店でのことは、よく覚えていません。
けれど、カレー粉を買うことはできました。
帰り道、野良犬がうろついていました。私に近づいてきたとき、心臓はバクバクです。
「走ると追いかけられる」――そんな知識だけはありましたから、何ごともないかのように澄ました顔で早歩きをしました。
でも、野良犬は近寄ってきました。
まるで私のカレー粉を狙っているかのようでした。
幸い、噛まれることはありませんでしたが、
「無視、無視」
「目を合わせない」
そう自分に言い聞かせながら、坂を上りました。
それでも野良犬はまとわりついてきて、遠回りしながら、やっとの思いで坂道を上り、家にたどり着いたときの安堵。
母にカレー粉を差し出したときの誇らしさ。
あのとき私は、小さな何かをやり遂げたのです。
その経験があったからこそ、その後もおつかいができました。
バスにも一人で乗ることができました。
ちょっとした困難を自分で乗り越えた経験が、自分で考える力を育て、「次もできる」という感覚を、少しずつ体の中に積み上げてくれたのだと思います。
そして親となった今、私は――
娘に目をかけすぎているのかもしれません。
いつまでも心配が抜けきれない自分がいたのです。
でもある日、家に帰ると、娘が晩ごはんを作ってくれていました。
何も言わなくも、自分で気づいて、行動できる。
この子は、もう十分に育っている。
私が思っているよりも、ずっと….。
そのことに気づいたとき、
私の心は、とても晴れやかに、軽くなったのです。
◆◆◆
わが子をいつまでも「子ども」として握りしめるのではなく、一人の大人として、少しずつ手放す。
それは、ある意味勇気のいることかもしれません。
けれど、それが子供を自立させ、未来の私の心を軽くするのだと思います。
信じること。
委ねること。
見守ること。
そのあいだで揺れながら、私は今日も、親としての学びをしているのだと思います。
知らず知らずのうちに、わが子の成長の機会を奪ってはいないか――
そう自らに問いかけながら。
◆◆◆
ーーもう春です。
誰かへの心配を、
一つ手放す季節なのかもしれません。
お時間をいただきありがとうございました。
