【心の学び舎】「当たり前ではない」ということ ~ステージアップ~
ごあいさつ
こんにちは
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(家族の会話 K:妻 T:私)
K 昨日、「無から有を生み出す」っていう話をしたよね。その話に少し関係するんだけど。
昨日、ママは体調が悪くて、R(次女)が自分で夜ご飯を用意して、食べてくれたのね。
T うん。Rがハンバーグを自分で準備して食べたって聞いたよ。
K そう。冷凍してあったハンバーグなんだけど、お湯で温めて、それに自分で玉ねぎを刻んで、ソースと混ぜて食べたみたい。
とてもお腹がすいていたみたいで、本当に美味しそうに食べていたの。
「本当に美味しかったぁ」って言ってたよ😊
T それはよかったね。
K でもね、このハンバーグ、Rは前に「もう飽きた」って言っていたんだよね。
それなのに昨日は、とても美味しそうに食べていて、まるで別のものみたいだったの。
きっと本当にお腹がすいていたから、そう感じたんだと思う。
いつものように、ただ「食べる」という行為だけになってしまうと、それが当たり前になってしまう。
そして、食べられることのありがたみを、つい忘れてしまうのよね。
本当は、そのハンバーグが食べられること自体が、ありがたいことなのに。
人はそのことを忘れてしまうから、「それが当たり前ではない」ということを、こういう形で教えてもらっているのかもしれないね。
T そうだね。僕も毎朝食べている納豆が、だんだん「ただお腹に入れるだけ」になってしまうことがある。
そうなると、納豆の美味しさや、それを食べられることの「ありがたさ」を忘れてしまうんだよね。
でも、しばらく納豆から離れる日が続くと、ある日ふと食べたくなって、そういうときに食べると、同じものでも本当に美味しく感じるんだ。
K そう感じられることが大切だね。Rも今回のことで、ハンバーグが食べられることのありがたさを、きっと感じたと思うよ。
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人は不思議なもので、「ある」状態が続くと、それを特別なこととして感じなくなってしまいます。
食べ物だけではありません。
健康でいられること。
家族がそばにいること。
日常が穏やかに続いていること。
どれも本当は、決して当たり前ではないはずなのに、いつの間にか「あるのが普通」になってしまう。
そして、それを失いかけたり、少し距離ができたりしたときに、私たちはようやくその価値に気づかされます。
妻いわく、神様はそうした出来事を通して、「それは当たり前ではない」ということを、教えてくれているのだと。
大切なのは、そのことに気づくこと。
そして、気づいたその瞬間から、目の前にある「当たり前」を見つめ直すことなのです。
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お時間をいただきありがとうございました。
皆様からお寄せいただくコメントが大きな励みと学びになっています。
