null²(ヌルヌル)ができるまで
null²(ヌルヌル)ができるまで
落合陽一です。null²が終わって半年が経った。トップの写真は @III_Photo
15,813人がREADYFORで2億8,150万7,500円を出してくれた。建物の四十九日法要をやった。「ヌルロス」なんて言葉まで出てきた。2027年の花博で転生する。
半年経ったいまだから書けることがある。3年分の記録を、ここに残す(というかページを現在進行形で作っておく)
「空」を建てるって何だよ、という話
2022年の夏に万博シグネチャーパビリオンのプロデューサーになった。最初に考えたのはこれだった。
色即是空、空即是色を彫刻にできるか。
般若心経のこのフレーズ、空(くう)って「無」じゃない。あらゆる形が立ち現れる条件のこと。プログラミングのnullもそう。ゼロじゃなくて「まだ何も代入されていない」。何にでもなれる状態。
null × null = null²。空の二乗。
で、日本語で読むと「ヌルヌル」。滑る、粘る、掴めない。万葉集の時代からある擬態語が計算機用語と同じ音になってる。偶然の一致が偶然じゃない概念の一致を示してて、これはもう名前として降りてきたとしか言いようがない。
ミラー膜——2.5年かかった
null²の核心はミラー膜にある。反射率98%、30万回の伸縮に耐える、固有の形を持たない膜。
こんな素材は2022年時点で存在しなかった。太陽工業との共同開発で2.5年。反射率を上げると硬くなる。柔らかくすると耐候性が落ちる。大阪の夏を6ヶ月持たせつつ、風にもロボットアームにもサブウーファーにも応答する膜。何十回試作したか。
ある日、試作品が届いて手で触ったとき、指が映った。自分の顔が歪んで反射した。掴もうとすると形が変わってヌルヌル逃げていく。これだ、と。空が物質になった瞬間。
ボクセル構造
建築設計チームとArupのエンジニアリングによる構造設計。
2m / 4m / 8mの立方体モジュール、つまりボクセル構造。Minecraftやったことある人ならわかると思うけど、あのボキャブラリー。リサイクル鋼材のスチールフレーム、コンクリート基礎なしのドライ工法、全ボルト接合で完全解体可能。
サステナブルですねって言われるけど、そういう話をしたいんじゃない。null²は最初から死んで生まれ変わる建築として設計した。閉幕したら解体する。でも解体は終わりじゃなくて、ボクセルがバラされて別の場所で別の形に組み直される。形は滅んでも構造は残る。色即是空。
計算機自然が建築になった
僕がずっと言ってきた計算機自然(Digital Nature)。計算プロセスと物理法則は同じ種類の秩序を生む。「自然」と「人工」の二項対立は近代の便宜的な区分にすぎない。
null²はこの話を図解してるんじゃない。実行してる。
ミラー膜に固有の形はない。風が吹けば膨らむし、ロボットアームが押せば凹む。金色のアーム(千利休の黄金の茶室からの参照)とサブウーファーが膜を内側から変形させ続ける。カメラの目玉が来場者を追いかけて、建物のほうから接触してくる。計算と風が同じ皮膚を共有してる。
で、計算機自然って建物のことじゃないんだよな。膜でもアームでもアルゴリズムでもなくて。建物がなくなったあとに残るもの。関係とか、共同体とか、悲しさとか、おかしさとか。
15年分の問い
null²には前史がある。
2012年、Colloidal Display。シャボン膜を超音波で制御する膜スクリーン。これがミラー膜の直接の祖先。2014年、Pixie Dust。超音波で微小粒子を三次元に浮かべた。2015年、Fairy Lights in Femtoseconds。フェムト秒レーザーの空中プラズマで触れるグラフィックスをつくった。EU STARTS PrizeとPrix Ars Electronicaで受賞。物質はどこで終わってイメージはどこで始まるのか。 この問いをずっと変奏してきた。
2024年のヌル庵(麻布台ヒルズ)は二畳の茶室にnull²の哲学を圧縮した。「騒即是寂 ∽ 寂即是騒」。2025年の即今鏡門(表参道)はミラー膜の公共彫刻。Threadsで誰かが「万博のnull²よりさらにヌルヌルしてた」って書いてた。
全部つながってる。膜、浮遊、光、鏡。15年の問いがnull²で収束した。過去作品のアーカイブは null⁴ 公式サイト にまとめてある。
WOWとRAW、そしてMirrored Body
映像・音響・統合制御はWOW。映像制作はRAW。約60基のスピーカーとサブウーファーが膜を振動させ、LiDARが来場者の動きを拾い、LED面上の人工生命体がリアルタイムで応答する。空間全体がひとつの生態系みたいに動く。
null²で最もパーソナルな体験がMirrored Body。来場者の3Dスキャンと音声クローンからデジタル分身が生まれる。ミラーキューブの中で自分自身と対話する。それをスマホに持ち帰れる。
Sustainable Pavilion 2025とマクニカが開発して、NECのデジタルアイデンティティ基盤で自己主権型のID管理を実現した。一部の来場者は永住的に「ヌルの森の住人」になることを選んだ。彼らのアバターはいまもシステム内で漂流していて、見知らぬ人と出会い続けている。
予想してなかったこと
null²で一番大事にしてる事実。
人々は泣いた。毎週通った。閉幕したとき、建物のためにSNSで喪に服した。
空の実装としてつくったのに、出てきたのは愛着だった。子どもはMirrored Bodyとすぐ遊びはじめる。大人のほうが受け入れに時間がかかる。毎日5万〜6万人がエリアに来て、入場できたのは3,000人。それでも毎週通う人がいた。
ヌルロスという言葉がSNSで自然発生したとき、やっとわかった。null²は「使う」作品じゃなかった。悼む関係だった。空の哲学が充満を生んだ。自己を溶かすために設計した建物が、手放せないものになった。みんなの建築大賞で13,750票、歴代最多。専門家の審査じゃなくて市民が「この建物は大切だ」と宣言した。
色即是空。閉幕が最も空の瞬間だった。
2027年、横浜
null²は解体される。でも死なない。
READYFORで15,813人が2億8,150万7,500円。最初の1億円は23時間で集まった。「移設」でも「再建」でもない。転生。2027年GREEN×EXPO(横浜国際園芸博覧会)で新しい形になる。
ボクセルがバラされてミラー膜が張り替えられて、ヌルヌルと次の姿へ。Mirrored Bodyのアバターたちはヌルの森で待ってる。建物は変わる。共同体は続く。
3年分の記録をここに置く。次にnull²に会えるのは横浜の空の下。
おかしみを帯びたインタラクティブAI彫刻。計算機自然の、いまの形。
公式サイト null2.art ではプロジェクトの全体像をさらに詳しく紹介している。万博会期中の記録映像をまとめたドキュメンタリー映画『さようなら、ホモサピエンス』の公式サイト null2.film も公開中。あの6ヶ月間を追体験できる。
関連リンク:
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