小田原でアートと出会う。自分らしく生きるための場所「アール・ド・ヴィーヴル」
こんにちは。このまちnote編集部の櫻井です。
小田原には、絵を描いたり、ものづくりを通して、一人ひとりが自分らしく過ごせる場所があります。
小田原市久野にある「アール・ド・ヴィーヴル」は、アトリエ、ギャラリー、カフェを兼ね備えた福祉事業所です。ここでは、利用者の皆さんが絵画や糸織り、クラフトなどの創作活動に取り組み、作品を展示・販売したり、カフェの運営に関わったりと、それぞれの得意なことを生かしながら日々を過ごしています。
今回は、「社会福祉法人アール・ド・ヴィーヴル」代表の萩原美由紀さんに『自分らしく生きる』という施設の名前に込められた思いと、アートを通じた場づくりについて伺いました。

▶鍵も塀もない。創作と日常がゆるやかにつながる場所
大きな窓から光が入るアトリエには、絵の具、色鉛筆、マジックなど、たくさんの画材が並びます。機織り機やクラフト制作のための道具もあって、皆さん、思い思いの場所で手を動かしていました。
窓辺でゆったりと創作する人。自分の世界に深く没入する人。訪問者の「こんにちは」に、やさしく「こんにちは」と返してくれる人。
アトリエには、創作に向き合う静けさと、人の気配が自然に混ざり合うあたたかさがあります。

印象的だったのは、施設内のどこにも鍵がかかっていないことです。
(萩原さん)
「施設は大きく4つのスペースに分かれていますが、扉に鍵は付けていませんし、外に塀もありません。ここに来たいという意思を持って、来てもらっているから、仕切りを設けないことにしました。もともと雑草地だった場所に大きな欅と桜の木が残されていたので、四季の移ろいを感じられるようにアトリエには大きな窓を設けました。」

創作活動をするアトリエとお客さまが出入りするカフェ兼ショップの間にも明確な境界はなく、利用者の皆さんがカフェに入り、接客をする姿も見られます。創作すること、働くこと、誰かと関わることが、特別に切り分けられるのではなく、すべて日常の中でつながっています。
▶「もっとできることがあるはず」から始まった、福祉とアート
アール・ド・ヴィーヴルの原点は、萩原さんが同じ立場の保護者の皆さんと、これからの福祉について考え始めたことにあります。
(萩原さん)
「特別支援学校の卒業生たちは、その後の進路として、福祉作業所に通所する人がほとんどでした。私が見学先で感じたのは、管理的な空間で、単純作業を黙々と行う人たちに笑顔が見られなかったことです。
『彼ら一人ひとりには、もっと豊かな表現や可能性があるはず』
そんな思いから、保護者の皆さんと新しい場づくりを考え始めました。
転機となったのは、平塚市でアートを取り入れた事業所を訪れたことです。そこでは、利用者もスタッフも明るく、生き生きと活動していました。」
▶アートとの出会いが、夢を現実に変えていく
アートを取り入れた福祉の場をつくりたい───。
そう決意したものの、萩原さんたちの周りにはアートに携わる人がおらず、何から始めればよいのか分からない状態だったといいます。
そんな中で出会ったのが、小田原にゆかりのある美術家兼アートディレクターの中津川浩章さんでした。
中津川さんのアドバイスを受けて、まず取り組んだのは月に数回のアートワークショップの開催です。保護者の皆さんが参加者を募って、一回一回、地道に活動を続けていくと、口コミで少しずつ輪が広がっていきました。
萩原さん
「絵を描くことは、どんな人にもできること。気づけば、いろいろな人が描きたがっていたんです。」
ワークショップを重ねるなかで、アートは特別な人だけのものではなく、一人ひとりが自分を表現できる手段なのだという確信が深まっていったそうです。
あらためてアトリエを見渡すと、窓辺で静かに色を重ねたり、真っ白な紙に勢いよく筆を走らせたり、自分のペースで創作を楽しんでいました。誰かと比べるでもなく、急かされるでもない。その光景は、萩原さんの思いがそのまま形になったようにも感じられました。


▶自分たちから地域へ。少しずつ広がるアートの輪
2016年に障害福祉サービス事業所「アール・ド・ヴィーヴル」が開所しました。アートを仕事の一つとして育む場所として、その歩みはマンションの一室から始まります。
しかし、理想の場をつくることと、事業を続けていくことは簡単なものではありません。
(萩原さん)
「福祉事業所として運営するためには有資格者を迎え、経営にも向き合わなければなりません。また、小田原ではまだ珍しいアートを軸にした事業所ですから、本当に安心して通える場所なのか。きちんと子どもをサポートしてもらえるのか。保護者の方々が不安に思うのは当然のことです。」
だからこそ萩原さんが選んだのは、自分たちから地域へ出ていくことでした。
小田原だけでなく、西湘や箱根エリアへ足を運び、作品を紹介するポップアップイベントを開催。また、企業へリースを提案するなど、作品を通じてアール・ド・ヴィーヴルの活動を知ってもらう機会を、一つひとつ積み重ねていきました。
(萩原さん)
「施設の中で活動しているだけでは伝わりません。私たちから外へ出ていかなければと思ったんです。がむしゃらに宣伝活動を続けて2年くらいが経ったとき、支援学校の先生方が施設を見学されて、私たちの取り組みを紹介くださるようになりました。そこから少しずつ地域に認められるようになったと実感しています。」
地域とのつながりを広げることは、利用者を増やすためだけではありません。作品を通して人と人が自然につながり、「アートを通じて自分らしく生きる」というアール・ド・ヴィーヴルの考え方を届けること。その積み重ねが、現在の活動へとつながっています。

▶言葉にならない思いを、色やかたちにする
アール・ド・ヴィーヴルでは、創作活動を仕事の一つとして捉えています。
絵画や織り、クラフト、カフェ業務、配達、畑作業など、活動はさまざま。一人ひとりが、自分の得意なことや、やってみたいという気持ちを大切にしながら、自分のペースで日々の活動に取り組んでいます。




アトリエでひときわ目を引いたのが、色鮮やかに彩られた防災用ヘルメットでした。
(萩原さん)
「最初に一人の利用者さんが『これに描きたい』と言って絵を描き始めたんです。すると、その様子を見たほかの皆さんも自然と描き始めて、いつの間にかヘルメットが作品になっていました。」

萩原さんやスタッフの皆さんは、創作の表現に対して指導することはないと話します。
(萩原さん)
「言葉にするのが難しい感情を、絵で表現している人もいます。それほど作品に強い思いが込められているのです。」
色の組み合わせや表現には、その人だけの感性があります。技法や評価のものさしだけでは測れない色彩や構図も、この場所では一つひとつ大切な個性として受け止められています。
作品は、誰かに評価されるためだけに描かれるものではありません。自分自身を表現すること、その表現が仕事につながり、社会との接点になっていくこと。それが、アール・ド・ヴィーヴルが大切にしている創作活動なのだと感じました。

▶作品を通して社会と出会うきっかけになる
アール・ド・ヴィーヴルの作品は、施設内のカフェ&ギャラリーで展示されています。また、企業や施設へのアートリースやオリジナルグッズの販売を通じて、地域のさまざまな場所へ届けられています。
カフェ&ギャラリーでは年に3回、企画展を開催しています。昨年の夏のテーマは「シーパラダイス」、今年のテーマは「虫」。どんな作品が生まれてくるのか、想像がふくらむようなテーマが毎回設定されています。
(萩原さん)
「年に数回は外部会場での展示も行います。小田原ダイナシティのギャラリーでは「自分らしく生きる」をテーマに毎年開催しています。創業当初は本当に大変でした。だからこそ、施設の中だけで完結させるのではなく、自分たちから社会へ出ていくことを忘れないようにしています。」




▶カフェで味わう、つくることのよろこび
併設されたカフェでは、ガラス越しにお菓子づくりやコーヒーをドリップする様子を見ることができます。アトリエでの創作と同じように、ここでも「つくること」が日常の延長として自然に行われています。
この日いただいたのは、チーズケーキとコーヒーのセット。お皿には、利用者さんが絵付けした愛らしい模様が施されていました。

(萩原さん)
「ケーキを焼くことも、コーヒーを淹れることも、誰かに一方的に任されるものではありません。やってみたいという意欲を起点に、自らカフェの仕事に関わっています。」
カフェのお仕事をサポートする生活支援員の渡邊さんは、日々の関わりのなかで、その人の表情や気持ちの変化を丁寧に見るようにしているそうです。
(渡邊さん)
「毎日通う方もいれば、時々訪れる人もいる。その日の気分によっては、無理に話しかけないこともある。一人ひとりのペースを尊重しながら、必要なときにそっと寄り添うことを大切にしています。
地域の人にとっても、ここを身近な場所に感じてもらえたらうれしいです。お客様から利用者さんに声をかけてくれることもあります。この場所を、おもしろいと思ってもらえるようにしていきたいです。」
▶小田原で、自分らしく生きるために
フランス語で「自分らしく生きる」という意味を持つ、アール・ド・ヴィーヴル。
ここでは、作品をつくることも、カフェで働くことも、誰かと出会うことも、それぞれが自分らしく社会とつながるための大切な営みとして存在しています。
地域に開かれたカフェやギャラリーを運営し、アート作品を通して人と人が出会い、関係が生まれていくための橋渡しのような営みでもあります。
アール・ド・ヴィーヴル代表の萩原さんは、創業当初の苦労を振り返りながらも、社会との接点を持つことを見出してきました。その努力の積み重ねは、作品の価値を広げるだけでなく、一人ひとりが自分らしく社会とつながるあり方を、地域の中に少しずつ根づかせています。
海と山に囲まれたこの街での挑戦は、今もなお、広がり続けています。

🎨社会福祉法人アール・ド・ヴィーヴル
住所:神奈川県小田原市久野403-17
小田急線「小田原」駅よりバス
小田原駅西口2番バス乗り場・兎河原循環「下宿南」下車徒歩2分
小田原駅東口2番バス乗り場・フラワーガーデン・県立諏訪の原公園行/船原行き「日本たばこ前」下車徒歩2分
※営業時間や企画展の情報は公式HPをご確認ください。
萩原さん、渡邊さん、貴重なお話をありがとうございました。
取材・文:このまちnote編集部
