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いちごミルク 2026.3.1

夫と近所の銭湯に行った。小さいけれどサウナもある、地元の人に愛される銭湯だ。1時間半後ね、と約束して別れる。少し早めに出た私とのんびり出てきた夫とふたり、それほど大きくないソファは常連さんで埋まっているから、銭湯の隅でお風呂上がりにいちごミルクを飲んだ。その瞬間、子供の頃のことをフッと思い出してしまった。

私の母はいつも忙しくて、私はその背中や横顔を見て育ったように思う。そんな母がちょうど今頃の季節だったか、いちごをつぶす専用のスプーンを貰ってきた。昭和の頃に流行ったスプーンで、底が平らで粒々とイチゴの模様のあるスプーン。器に入れた牛乳、そこにお砂糖と幾つか浮かべたイチゴをそのスプーンで潰してピンク色のいちごミルクにして食べる。当時の私たちはいちごなんて頂き物か何かでしか食べられなかったはずだ。きっとお世話になっている方から、いちごとスプーンを頂いたのだろう。牛乳だけ買ってきて。母と小学生だった弟と私の3人で、真剣になっていちごを潰した。牛乳が可愛いくすんだピンク色になっていく。忙しい母も嬉しかったはずだ。子供達を喜ばせて。私は私で、嬉しそうな母が、嬉しかった。

潰し終わって食べ始めたら、あっという間に無くなっていくのが悲しくて、ジュルジュルと少しずつピンク色の牛乳を飲み、潰れたいちごを、ちょっとだけちょっとだけと食べる。途中で牛乳を足してお砂糖も足してまたピンク色になるまで潰しきれてないいちごのカケラを潰した。

いちごミルクは甘酸っぱくてなんだかとても優しかった。いちごミルクが優しかったのか、母が優しかったのか。あのピンク色は今でも私が好きな色、そしてこの思い出は私の母についての記憶の美しい部分のひとつ。

毎年巡ってくる春には春の、夏には夏の、秋にも冬にも、母の思い出がある。いつまでもいちごを潰していた小学生の私ではいられない。いつまでも牛乳を足してピンク色を作っているわけにもいかない。確かに56歳の私はあの頃の私とひと続きだけど、ずいぶん遠くまで来てしまったように思う。遠くまで行こうとしてここまで来たのだ。母との思い出が、銭湯にいる私の胸をきゅっと締め付けたことは、隣にいる夫には黙っていた。

いちごの季節だ。春になっていちごの香りが強くなってきた。もうすぐ誕生日の友達に甘いいちごをプレゼントしよう。母の日がくれば、母にも何か。

ああ、わからない。母は何ひとつ欲しがらないだろう。私にできることがあるのだろうか。ただ母に伝えたい。ずっと前からお母さんの笑顔が大好きだったよと。

いちごミルクを食べようか。そして母への手紙を書こう。お母さんの笑顔が好きだった、と素直に書いた手紙を出そう。母を想う私ができることは、そんな小さなことばかりである。

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