おもちゃのハンバーグ
二十年ほど前のこと、幼かったふたりの我が子らと私は、毎日のようにおままごとをして遊んだものだ。シングルマザーだった私は子らと三人で地方都市の古い市営住宅に住んでいた。
おままごとは子らが大好きなごっこ遊びだ。ママである私がお客さんで、子らが可愛いコックさん。当時好きだったキャラクターのプリントされた余り布を私がミシンで縫った、小さなエプロンをつけた我が子ら。うさぎちゃんの絵が描かれた、幼児用の小さな小さな黄色い椅子に「ママはここに座って」と請われる。ごっこの椅子だ。ママがごっこの椅子に座ると可愛らしいレストランが開店する。
私が「ハンバーグをください」と注文すると、百均で揃えた安いけれど本物のキッチングッズと、おもちゃのハンバーグ、おもちゃの野菜、段ボール箱で作ったコンロで料理を始める我が子たち。
「ジュージュー」「もう少しですよー」「ママ、はいどうぞ」
子らからハンバーグを受け取る私。ママと呼ばれて、小さな幼児用の椅子に膝を折って座って待つ私は、まだまだ未熟で至らない人間だった。シングルマザーの私に迷いは尽きなかった。どんなに強く抱きしめても正解のない子育て。甘えさせることと甘やかしてはいけないこと、何を許して何を叱るのかの線引きで、日々悩む私は、ひとりの健気で愚かな母だった。
我が子らが、何よりも大切だということ以外は知らない、常に戸惑いあたふたと間違う私。子がスーパーでお菓子が欲しいと駄々をこねて泣けば、おうちにあるよと説得する。子は泣き止まない。ひとりを背負いひとりはベビーカー。叱るのではなく怒ってしまった自分。どうするのが良かったのかと、悔やんだ夜も、何をしても泣く子を抱いて途方に暮れて、私はどこでなにを間違えたのだろうかと、一緒になって泣いた夜もあった。
子が熱を出せば、眠れずに付き添って、子が転んで唇を切れば、自分が痛かった。子が笑えばほっとして、子が走れば追いかけた。日々巻き起こる子らについてのなにもかもに、ぐわんぐわんと感情を揺さぶられ、母である私がどんなに未熟であろうと、子育てはいつも待ったなしだ。私は子らの姿や表情から、どうすればいいのかを経験して学んでいった。
あまりにも心配性の私であったが、ごっこの椅子に座ったら、ごきげんに笑うママでいようと踏ん張った日々。そんな頼りない私をものともせずに、我が子らは逞しくマイペースに育っていった。
子らがママに食べさせようと、張り切ってハンバーグを焼いてくれた。我が子らに手渡された、プラスチックのお皿に載った「おもちゃのハンバーグ」は、私の人生にかつて無かった新しい、まことの喜びの食べ物であった。飢えた魂が踊る、我が子らの瞳に映った疲れた私の魂が喜ぶような、私を回復させる栄養たっぷりの心の食べ物であった。
子らの迷いのない気持ちがそこにはあった。ごっこの椅子に座って食べる「おもちゃのハンバーグ」には、我が子らからの、ただただママが大好きだという、私を慕う温もりが、山盛りになって載っていた。
私はそのハンバーグを喜んで食べた。「いただきます。おいしい、おいしい」と笑いながら、何度も何度も味わって、むしゃむしゃと食べた。子らも得意そうに笑っていた。「おいしいですか」子らが得意げな顔をする。いつだって、ママの笑った顔が大好きな子ら。
今ではもう、コックさんになって私をもてなしてくれた子のひとりは社会人、ひとりは大学生である。
十二年前に再婚した九歳年下の夫とふたり、全力だったがゆえに悩み、ぶつかりながら、必死になって子らを育てた。子らのことがいつも夫婦の話題の中心だった。それはとても楽しかった。「子らを幸せに」それが合言葉だった。
社会人の子供が、初任給で家族にお寿司をご馳走したいと言った。これはもうあの「おもちゃのハンバーグ」と同じ、なにからなにまで子のまごころまで同じではないか。あの時のあのハンバーグの再来ではないか。あの日々にあったささやかで確かな幸せと同じ、子から親へと贈られる暖かな何かだ。
私は子から「ママはここに座って」と、そっと優しく請われたような気持ちがした。「お寿司をごちそうするから、ママとパパは、ここに座って」と成長した我が子に優しく請われたのだ。
ごっこの椅子に座って、唯一無二のハンバーグをご馳走になった時の、懐かしい暖かな記憶と今がゆっくりと重なる。親が頼りなかった分、子らは苦労したはずだが、心身ともに自律を手に入れて、しっかりと育った。子らは頼もしく健やかに大きくなった。よくぞここまで、ほんとうに。
見事に成長した我が子から、私たち親へと贈られるのは、お寿司であってお寿司ではない、お寿司だけれど、お寿司以上の素晴らしいものだ。目に見えない大きな宝だ。なんとも言い難い、膝まづいて頭を垂れて、子からその宝を授けられる瞬間とでもいうような、厳かな何ものかが胸に湧き上がる。
親でいさせてくれて、子でいてくれて、どうもありがとう。悩んで困って泣いて笑った幸せな日々、ずっしりとした濃密な時間をくれた我が子らに、どうもありがとう。子にごちそうになったお寿司は、それはそれは特別な味がした。しみじみとおいしかった。家族でお寿司をごちそうになりながら、向き合って座る夫と目を合わせて、私は静かに泣いた。エベレストに登ったことはないけれど、もしその山頂で家族そろってお寿司を食べたとしても、これ以上の熱い気持ちにはならないんじゃないか。エベレスト登頂に負けないほど、私たち家族は成長したのだ。
いつもの小さなごっこの椅子に座って、「おもちゃのハンバーグ」を食べた私。未熟だった私は目には見えないけれど、強くて暖かな塊を食べた。その塊は子らの愛の塊だ。その塊は、私の中で消えることなく、いまでもトクトクとここに生きて息づいている。
いつだったか子らに、「親孝行は全て完了していますよ」と伝えておいた。「ええ~そうなの」と笑う子ら。子らは、無条件で親を愛した。親孝行なんていう言葉では済まないようなことを我が子らは親にしてくれた。再婚した夫を父親として受け入れた。その選択をした私を母親として受け入れた。再婚とともに東京へと引っ越した。それも受け入れてくれた。
かなりの困難だったはずだ。環境の変化を乗り越えた我が子らのなし遂げた成長は、計り知れない大事業だ。健やかな大人へと成長した我が子ら。子らがくれたものは、あつあつのハンバーグと、こんどは本物のお寿司という愛だ。それは迷いのない愛だ。人生のピンチに出会う度、私を何度も立ち上がらせてくれたのは、ごっこの椅子に座って食べた「おもちゃのハンバーグ」という愛だった。
あの揺るぎない愛慕というハンバーグを食べた私は、子らが巣立ってもなお、身の内に子らを感じることができるだろう。子らの成長物語を、いつまでも夫と振り返って温めあえるだろう。いつか離れても心は共に在ると感じながら、夫と手を取り合い笑って生きていこう。子の成長を喜びつつ、五十六歳の私はちょっぴり涙をにじませて、しゃんと背筋を伸ばすのである。
過去記事に加筆修正しました。
