子育てって、「教える」より「気づかされる」ことの方が多いのかもしれない
はじめに
親になる前の僕は、子育てとは「教えること」だと思っていました。
生活習慣。
人との接し方。
ルールやマナー。
親が知っていることを子どもに伝えながら育てていく。
そんなイメージを持っていたんです。
もちろん今でもそれは大切な役割だと思っています。
でも実際に子どもたちと暮らしてみると、思っていた以上に違うことがありました。
それは、僕自身が子どもたちからたくさんのことを教わっているということです。
子どもたちとの毎日の中で
子どもたちを見ていると、大人が忘れてしまったものをたくさん持っているように感じます。
失敗してもまた挑戦する。
できなくてもやってみる。
うまくいかなかったことを引きずりすぎない。
もちろん悔しがることもあります。
でも次の日にはまた前を向いていることが少なくありません。
僕自身はどうだろう。
失敗すると必要以上に考え込んだり、人の評価を気にしたりすることがあります。
だからこそ、子どもたちの姿を見るたびに気づかされます。
「ああ、挑戦することって本来こういうことだったのかもしれないな」と。
また、子どもたちは今この瞬間を楽しむのが上手です。
大人はつい先の予定や仕事のことを考えてしまいます。
でも子どもは違います。
目の前の出来事に夢中になります。
小さな発見に喜びます。
その姿を見ていると、「今を大切にする」という当たり前だけど忘れがちなことを思い出させてもらいます。
子育ては親を育てる時間でもある
以前の僕は、親は子どもを導く存在だと思っていました。
でも最近は少し考え方が変わりました。
親も子どもと一緒に成長していく存在なのだと思います。
子どもが初めて経験することがあるように、親も初めて経験することばかりです。
迷う日もあります。
うまくできない日もあります。
余裕がなくなる日もあります。
それでも子どもたちは、そんな親の姿も含めて一緒に過ごしてくれています。
完璧な親になろうとするよりも、子どもと一緒に成長しようとする方が自然なのかもしれません。
アドラー心理学との関係
アドラー心理学には、「人は成長し続ける存在」という考え方があります。
親だから完成しているわけではありません。
子どもだから未完成というわけでもありません。
お互いがそれぞれの課題に向き合いながら成長していく。
そんな見方があります。
また、アドラー心理学では勇気づけを大切にします。
勇気づけというと子どもに対して行うものだと思われがちです。
でも実際には、親自身も勇気づけが必要です。
「今日もよくやった」
「完璧じゃなくても大丈夫」
そんな言葉を自分自身にも向けていいのだと思います。
子どもが挑戦する姿を見ながら、親もまた挑戦している。
そう考えると少し肩の力が抜ける気がします。
まとめ
子育ては、子どもに何かを教える時間。
でもそれだけではありません。
子どもたちから気づかされる時間でもあります。
挑戦すること。
今を楽しむこと。
失敗しても前を向くこと。
完璧じゃなくても大丈夫なこと。
子どもたちは言葉ではなく、その姿で教えてくれています。
もし今日、子育てがうまくできなかったと感じる日があったとしても大丈夫。
親も子どもも成長の途中です。
家庭が安心して失敗できる場所なら、それだけで十分価値がある。
僕は最近、そんなふうに思っています。
子育てをしていて、「子どもに教えた」より、「子どもに教わった」と感じることありませんか?
— おだんごさん🍡|子育ての気づき (@odangosan3) June 12, 2026
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