「自分の子じゃなくても嬉しい」公開授業で気づいた、成長を見守ることの豊かさ
先日、小学校の公開授業を見に行った。
教室に入ると、見覚えのある顔がたくさん並んでいた。
でも、みんな少しずつ大きくなっている。
入学前から知っている子。
公園で一緒に遊んでいた子。
低学年の頃、恥ずかしそうにしていた子。
そんな子どもたちが、
教室の中でしっかり座って、
前を向いて、
自分の言葉で発表していた。
その姿を見て、
なんだか、じわっと嬉しくなった。
自分の子じゃないのに、
ちゃんと嬉しかった。
「よその子の成長」が嬉しいのはなぜだろう
自分の子どもの成長は、もちろん嬉しい。
でも、
よその子の成長も同じくらい嬉しいと気づいたのは、
子育てを始めてからだった。
思い返すと、
子どもの成長って、
「一緒に見てきた時間の重さ」と比例しているのかもしれない。
入園式。
運動会。
発表会。
泣いていた姿も、
ふざけていた姿も、
うまくいかなくて悔しそうだった日も、
少しずつ積み重なっている。
だからこそ、
教室で堂々と発表している姿を見ると、
「ああ、この子も育ってきたんだな」
と思う。
それだけで、
十分すぎるくらい嬉しい。
「見守る」は、親だけのものじゃない
子育てをしていると、
どうしても「わが子」に意識が向きやすい。
でも少し視野を広げると、
まわりには“成長を見守れる子どもたち”がたくさんいる。
友達の子。
地域の子。
きょうだいの友達。
その子たちの成長を喜べることって、
実は、自分自身の心を豊かにしてくれる感覚なのだと思う。
「育ってるね」
「大きくなったね」
そう思える気持ちは、
親として大切にしたい感覚のひとつだ。
親の「嬉しい」は、子どもに伝わる
公開授業の帰り道、
わが子にこんな話をした。
「○○くん、ちゃんと発表してたね。かっこよかったよ」
すると、わが子は少し照れながら、
「うん、あいつ頑張ってた」
と話していた。
友達の頑張りを認める言葉を聞いた子は、
“誰かの成長を喜ぶ感覚”を自然に学んでいくのかもしれない。
自分だけが評価される場所ではなく、
みんなで育ち合える環境。
それはきっと、
子どもの自己肯定感にもつながっていく。
公開授業、行ってよかった。
わが子の姿を見るためだけじゃなく、
まわりの子どもたちの成長も感じられる時間だったから。
「自分の子じゃなくても嬉しい」
そう思える自分でいられることを、
これからも大切にしていきたい。🍡
小学校の公開授業に行ったら、同級生の子どもたちがみんな大きくなっている。何年も前から知っているから、自分の子どもじゃなくても成長してしいる姿ってほんと嬉しい。
— おだんごさん🍡|子育ての気づき (@odangosan3) May 9, 2026
おだんごさん🍡
3児パパ|怒鳴らない子育て×AI活用×日常習慣
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