100キロ歩いた夜のこと
深夜2時。
私は田舎道の路肩に寝ころんでいた。
歓楽街の路上で倒れている酔っぱらいのように。
「そろそろ行かないと」
ゆっくり体を起こす。
あと何キロだったかは覚えていない。
また歩いていた。
行橋〜別府100キロウォーク。
福岡県行橋市から大分県別府市までの100キロ。
制限時間は26時間。
途中に3つのチェックポイントがある。
数字にすればそれだけの話だ。
でも歩いてみると、それはただの数字ではなかった。
36キロという現実
スタートから第1チェックポイント・中津まで36キロ。
いきなり長い。
しかも道中、コンビニやスーパーはほとんどない。
序盤の食事は、背負っていくのが得策だ。
中津に着くころには、もう十分疲れている。
「36キロも歩けたし、もういいか」
「あと64キロもあるのか」
ここでリタイアする人が意外と多いのも、納得がいく。
ひとりになる時間
第1CPから宇佐へ。
日が落ち、人がばらけて単独行になる。
静かな夜道で思う。
「おれ何してんだろ」
宇佐から日出までの区間は、多くの人が深夜帯の移動になる。
眠い。寒い。
山間部に入ると一気に気温は下がり、3つの峠が待っている。

ベテランウォーカーは言う。
「100キロウォークは宇佐からがスタートだ!」
その意味が、骨身にしみてわかってくる。
腹痛と意地
2回目の挑戦では
中盤、宇佐あたりから強烈な腹痛に襲われた。
最初は違和感。
やがて、波のように何度も襲ってくる痛みと吐き気。
トイレに駆け込んでは戻し、また歩く。
間に合わないときは路肩で吐き、人目もはばからずその辺に転がっていた。
やめる理由は、十分すぎるほどあった。
記録を狙っているわけでもない。
誰かに褒めてもらえるわけでもない。
それでも足は止まらなかった。
意地だったんだと思う。
何に対する意地なのかは、よくわからない。
ただ、ここでやめた自分を
あとで思い出したくなかった。
止まらないという選択
私は基本的に「止まらない」作戦だった。
コンビニでおにぎりを買い、
持参したあんぱんやジェルを歩きながら食べる。
レッドブルやコーヒーでカフェインも積極的にとった。
休憩すると体が冷えるし
歩きのリズムも変わる。
座ると立ち上がるのがつらくなる。
だから寝ずに歩いた。
正解かどうかはわからない。
でも、それが自分のやり方だった。
練習の必要性
1回目はほとんど練習せずに出た。
結果はリタイア。両脚がけいれんして動けなくなった。
2回目は2カ月かけて、
10キロ
15キロ
40キロ
と距離を伸ばし、合計100キロほど歩いた。
最後の練習では第1CPの中津まで歩いて、名物のからあげを食べた。
疲労困憊で、味はよくわからなかったけれど。
中津までの距離感はつかめた。
それでも本番は、きつい。
軽さは正義
荷物は極力軽くした。
ヘッドライトは、大会ルールで携帯が必須。
深夜の峠は冷えるから、防寒具もあったほうがいいい。
痛み止めのロキソニンも持った。
バックパックは
モンベルの「クロスランナーパック7」。
重いと、それだけで機動力が落ちる。
じわじわ疲労がたまってくる。
必要なものは道中で買えばいい。
そのくらいの割り切りでちょうどいいはず。
歩いていれば着く
最後の難所、ハーモニーランド前の激坂。
日出を越えると、いよいよ別府の町が見えてくる。
湾岸道路に入ればゴールは目前だ。
でも、なかなか着かない。
そう、誰もが直面する
「ラスト10キロ長すぎ問題」。
それでも、歩いていれば着く。
夜が明けてゴールにたどり着いたとき、
達成感というよりは、確認に近い感覚だった。
ああ、歩けば着くんだ。
沢木耕太郎さんは『深夜特急』でこんな風に言っている。
人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。
私にとって100キロを歩くことは、きっとその類いだ。
ただ今のところはもう、出場する予定はない。
最近はもっぱらマラソンだ。
それでもあの夜、前に足を出し続けた感覚は、
どこかに残っている。
大会について(最新情報)
大会の詳細や最新情報は、公式サイトを確認してみてください。
✴︎行橋〜別府100キロウォーク公式サイト
https://www.yb100.jp/
※2026年大会の日程は、現時点では正式発表されていない模様。
発表され次第、この記事も更新しようと思います。
この記事が、
「酔狂な人たち」の道しるべになればうれしいです。
