【育児日記】世界トップレベルの怠け者から教わったこと
「エッセイ」というジャンルにもプロがいる。
そんなプロのエッセイを今さらながら読む機会があった。
『たいのおかしら』。
漫画『ちびまる子ちゃん』の作者さくらももこさんの作品だが、もうめちゃくちゃすごかった。
こんなに笑ったエッセイを、これまで読んだことがない。
となりの部屋で寝ている娘の邪魔にならないように、必死で笑いをこらえながら読んだ。
毎晩、楽しい気分で1日を終えていた。
だいたいが、自分がいかに怠け者であるかという話や怠けすぎた結果、飼っていたペットを世話せず死なせてしまった話。
毒やブラックジョークを交えつつ語られるネタがこれでもかと続き、笑いを巻き起こしていく。
でもある晩に読んだ「二十歳になった日』という話はちょっと違った。
彼女の別の一面がそこにはあって、
日常の見落としがちなポジティブな瞬間が、飾り気のない表現でつづられていた。
心にじんわり染みてくる読後感をもらった。
私はひとり、静岡市内の街角に立ち、真っすぐに続く道を真っすぐに歩いてみてみようと考えた。
中略
40分は歩いたであろう。
見知らぬ商店街に出ていた。
自分の見知らぬ町でも、毎日そこでは人々の生活が営まれていることを、当たり前だが尊いと思った。全てがいとおしく感じられた。
古い看板も、電柱も、学校も、どうしていいかわからないほど有難かった。
公園に、日が差しているだけで泣きたいぐらいうれしい。
私は公園で少し休むことにした。新緑の葉をつけた木が風で揺れている。
子供たちが笑いながら走っている。私はただベンチに座っていた。
生きているだけでよかった。
そう考えるのではなく感じていた。
私の住む家は春先から夏にかけて、西陽がたくさんリビングに入ってくる。
それが家の周りの木々の葉っぱの間をぬけて、キラキラゆらめいている。
夕方、保育園から帰ってきた娘をリビングで遊ばせて私は窓辺で涼む。
しばらくすると、娘は遊んでいた手を止め、そのキラキラの中を歩き始める。
リラックスしているのか、安心しているのか薄い笑みを浮かべながらこちらへやってきて、私の手にタッチする。
そしてまた、元いた場所に戻っていく。
そんなことをしながら、穏やかに1日が終わる。
私にとってかけがえのない時間。
「どうしていいかわからないほど有難かった」
「生きているだけでよかった。そう考えるのではなく感じていた」
さくらももこさんは、そんな風に表現してくれた。
本かnoteの記事で、「無償の愛」について読んだことがあった。
それは、親が子どもに対して与えるものと思われがちだが、実は親はもらっている側、というような内容だった。
子どもが無償の愛をくれる。
子どもの成長とともに濃淡はあるだろう。でも圧倒的に、唯一無二のものだ。
子育ての良いところは、この無償の愛に触れる経験ができることだと思う。
この夏のキラキラ時間は、私にとって娘からもらった無償の愛のひとつ。
※このnoteは「#子育てポジティブキャンペーン」に参加しています。
みんなの子育ての様子をシェアしあおう!という企画で、今回のテーマは「この夏、子どもと一緒にやりたいこと」、「子どもと過ごす夏の思い出」(=^・^=)
