拙著「熔けるヤマダ~ タイ工業団地と地下ムエタイ」を上梓~Amazonで発売(2026年3月8日)
お陰さまで、ご好評頂いている「ムエタイ裏街道」に続き、タイ格闘技シリーズ第2弾、「熔けるヤマダ」を上梓することができました。日本に帰国していた期間に執筆し、日本のAmazonより出版の手続きをしたのですが、今回はノンフィクションではなく、小説の形をとっています。紙の本とKindre版を用意しました。是非、読んでみてください。
紙の本とKindre版は表紙はそれぞれ別のデザインですが、本の内容は同じものです。巻末の解説については、「ムエタイ裏街道」の主人公であるムエタイ選手、中村慎之介さんにお願いし、寄稿頂きました。
↑ ↑ 熔けるヤマダ、紙版とKindre版
「熔けるヤマダ」の概要
「熔けるヤマダ」は、南国タイで就労する日本人にスポットを当て、さらに著者が専門分野として扱う格闘技を絡めて、独自の世界観を作り出している中編小説である。タイをテーマとした短編の二作品も収録しており、「タイ格闘技文学」の世界観を感じることができる。格闘技に興味のない方の中でも、タイ旅行が好きな人、アジア就職に興味がある人は、是非、この本を手に取ってみてほしい。
※短編二作品は、過去にnote で公開したノンフィクション作品(1998年8月23日のホアヒン、ノンフィクション「天使がくれた戦う心」とタイのロックバンドLOSO)
「熔けるヤマダ」のあらすじ
タイ工場に出向中の山田は、二年経ってもタイの生活に馴染めないまま。言葉の壁もあり、タイ人従業員との関係も、あまり良好ではない。会社が借りているサービスアパート工業団地との往復の毎日に閉塞感を感じている。そんなある日、仕事帰りにたまたまアユタヤの歴史公園で行われていた地下格闘技の試合を目にする。地下格闘技、ファイトクラブで純粋に闘いに集中し、熱狂する若者たちに影響され、山田は長く中断していたムエタイの練習を再開する。
バンコクのムエタイジムでは長くタイに住む日本人や、タイ人トレーナーとも交流し、職場以外にも自分の居場所を見付けた山田、平日を過ごすアユタヤの生活も変化していく。


「熔けるヤマダ」冒頭部公開~(1)偶然出くわしたファイトクラブより
勇気あるものは拳を握り
振り回し 人を傷つける 痛みを感じる今 その拳も
この湿気と熱気の中 己とともに熔けていく
アヨタヤの地で這いまわった日々も 誰にも記憶されることなく
熱気を帯びた外気の中で熔けていく
山田長生
ワゴン車の後部座席から、どこまでもどこまでも続いているような漆黒の闇を何も考えずに見つめている。この日は土曜日ながら出勤日だったのだが、設備機械の調子が悪く、微調整などをしているうちに、すっかり遅い時間となってしまった。
お腹も空いて運転手のオフさんに麺料理で美味しいお店に連れていってほしいと「ヌードル、ヌードル」と伝えた。オフさんが選んでくれたのは、アユタヤ旧市街の川沿いのローカルなお店だった。屋外に置かれたテーブルの席で、扇風機の風にあたりながら、何が入っているかよく分からないが、味はなかなかいける、真っ黒のスープのヌードルを食べた。
このヌードルの麵は米が原料だという。一杯の量は少なく、小さいお椀に三杯も食べると、日本のラーメン一杯の量になる。三杯で六〇バーツの値段なので日本の物価と比べると安く感じる。お椀の米の麺の上には固くなりすぎない絶妙な湯通し加減のレバーや豚肉がトッピングされている。
サービスアパートの食堂の日本人向けの限られた夕飯メニューにも正直、飽きている現状である。この日のような、ひとりで社用車を使うタイミングでは、タイ料理のお店に寄ってから帰宅することを運転手さんにリクエストすることが多い。仕事がひと段落した安堵感に包まれながら、食べ進めていた2杯目のヌードルを置き、氷が入っているグラスに小瓶のリオビールを注ぐ。
アユタヤの旧市街はレンガ造りの赤茶色の遺跡が点在していて、日中にその遺跡の前を幾つか通ると、何百年も前に栄えたという、アユタヤ王朝の繁栄を感じることができる。特に歴史に興味があるわけではないので、どれがどの遺跡で、どのお寺か、ということはよく分からない。ただ、日本人を含む観光客がよくツアーバスなどで訪れているようだし、自身もこの地に出向する前に出張で訪れた際は、遺跡公園に観光に連れてきてもらったこともあった。
通常、土曜日は、出勤日となっても稼働ラインを少なくしたり、本社からの出張者のアテンドを優先させたりで、元々出向者(出向社員、駐在員)の出勤者も少ない。更にこの日に残業していた出向者は私1人で、ワゴン車は貸し切り状態だった。週末の夜は、日本にいれば社外の友人たちと飲みに行ったりで楽しく過ごしただろうか。いつものことながら、単身でこちらに送られた身であるので、夜は寂しさを感じるのだった。
食事を終えて、旧市街から遺跡を通り抜ける道路の闇の中に幾つもの小さな灯りが見えてきた。アユタヤでもよく見かける、簡易的な夜の市場のように思ったが、出店も少なく、市場とは異なるように感じる。何台もの車のライトや簡素な照明の中に、何百人と集まっている現地の人たちと大きな掛け声が確認できる。ハンドスピーカーか何かで、来場者にタイ語で呼びかけている。
集まった人の流れを目で追うと、お祭りのような人ごみの中心に何かがあることが認識できる。人ごみの後方に止められた数台のピックアップトラックの荷台や、駐輪したバイクの上に立って、その中心を見ているものたちがいる。ついこないだまでのコロナ渦の際は見られなかった人だかりだ。
ワゴンから降りて、そこに何があるのか見たくなった。「止めて!ストップ、ストップ!」とオフさんに呼び掛けて、ワゴン車を止めてもらう。「オフさん、ホワット ジス?」と窓の外の集まりについて聞いてみると、運転席から振り返った彼が「ボクシング、ボクシング」とファイティングポーズをとって見せる。
何やら物騒な雰囲気はする集まりだが、そこでタイ式ボクシング、いわゆるムエタイか何かが行われているなら、より興味が湧いてきた。日本にいる時からK1などのキックボクシングはテレビでやってると見ていたし、アユタヤに赴任後には、週末にバンコクのムエタイジムに通っていたこともある。
「降りていい?ゴーアウトOK?」と、オフさんにボクシングの様子を見たいと頼むもだが、「ノーノ―、デンジャラス」と、ワゴン車を発進させた。集まりの中で、私に何かがあっては、会社で問題になるからだろうか。タイ人のオフさんにも、ボディガードとして一緒にいけばいってもらえば、大丈夫ではないかという考えも湧いてくる。
「オフさん、少しだけ、カムバック!」と、集まりの方向を指さしながら、財布から一〇〇バーツを出した。オフさんは、バックミラーでそのチップを確認して、「OK、OK」とワゴン車をUターンさせた。
しかし、いざとなると、車を降りて外の騒ぎの中に出ていくのは緊張する。意を決して、車外に出て、徒歩で集まりの中心へ向かう。なかなか進むことができないが、オフさんと一緒に人ごみを掻き分けて、中心を少し見ることができた。中心にはリングはなく、グローブを着けた二人の男を五、六人がロープ代わりに囲んでいる。簡易照明に照らされた選手らしき二人は殴り合ったり、組み合ったり、もつれ合って倒れこんだりしていた。
蛾やカゲロウなどが照明に向かって飛び交う中で、その戦いに熱狂する見物人たちの熱狂に圧倒される。タイ語で「やれやれー!」とでも言って戦う二人を煽っているのだろうか。ルールも何も分からないが、片方の選手がパンチを受けて倒れたのに、レフェリーらしき若者はカウントをしない。
立ち上がった選手の上半身が和彫りを彷彿させるようなデザインの入れ墨だらけで、目に入った瞬間に、思わず顔を背けてしまう。入れ墨についてはどうしても日本の反社の印象があるからだった。タイでは割と自由に入れているらしいと聞いた。レフェリーはその和彫り風の半裸の選手の目を見ながら、このまま戦いを続行させることが可能かどうか尋ねているようだ。すでにパンチを受けて倒れてから十秒は過ぎている。本人が続行可能と言えば、延々と戦わせるのだろうか。
目の前で行われている戦いも時間切れのようで、再開後すぐにレフェリーが合図し、ラウンドは終了した。いや、そのまま試合が終わったようだった。
それまで殴り合っていた二人は健闘を讃え合い、両手で握手する。一人は地面に敷かれた薄いマットに膝をつき、土下座のようにして、対戦相手にお礼を述べているようだ。レフェリーは見物人に呼びかけて、拍手や声援が惜しみなくおくられる。そんな熱気に圧倒される中、矢継ぎ早に、一ラウンド制の試合というか決闘が次々と行われ、気が付けば、そのまま五試合ほどを観戦していた。(以下は、本書をご覧ください)


↑ ↑ 熔けるヤマダ、紙版とKindre版で発売中
↑ ↑ ムエタイ裏街道も、紙版とKindre版で発売中
