休日に考えよう「皇室典範改正」その2
皇室典範の改正について投稿して、たくさんの反響をいただきました。
その後、法案は衆参両議院での可決を経て正式に決定となりました。
正直、問題だ問題だ!と騒ぐのは不本意なのですが、やはり問題なのです。

【違憲じゃないの?】
「違憲じゃないの?」私の考える最大の問題はこれです。
国会は「唯一の立法府」です。その意味は裁判官がいくら「この法律、おかしい?」と思っても法律を変えたり法に従わない判決を出すことはできません。「罪刑法定主義」 によって裁くのが裁判官なので、いわゆる「悪法も法」ということになりかねません。
どのような行為が犯罪で、どんな罰を受けるのかをあらかじめ法律で決めておかなければならないという、近代のとても大切なルールです。 そのため、国会での立法行為はなにより慎重に行う必要があるのです。そうした考えを皇室典範の改正にあてはめると、違憲が疑われる法改正を行うには、あまりにも審議時間が短かく、国民世論の合意形成に至っていないと言う事実があります。
【違憲議論は「旧宮家からの養子縁組」に集中 】
1. 憲法第14条には「法の下の平等・門地差別禁止」が定められており「すべての国民は法の下に平等」であり、「家柄(門地)や性別による差別」を禁じています。
これを今回の改正内容から見て見ると・・・
第9条天皇及び皇族は、第38条に定める例外を除いて、養子をすることができない。
38条(第1項)親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王(皇嗣及び皇嗣妃を除く。)は、皇室会議の議を経て、この法律による皇族男子であった者の嫡男系嫡出の子孫である現に皇族でない年齢十五年以上の男子であって、配偶者及び子がないものを、養子とすることができる。
これが全文、第9条を残しつつ38条を新設して養子の受け入れを認めたのです。
そして、その内容は事実上、「旧宮家の15歳以上の男子」となっています。
みなさんはどうお考えになりますか?
・歴史ある天皇制を維持するには男子が望ましい。
・現在において男性にこだわるのは逆行している。
私は後者ですが、重要なのは意見の分布以前に「違法じゃないの?」と言うことです。
思いっきり家柄と性別を選んでいる訳ですからね!
当然、違憲を危惧する憲法学者も多数います。
2. 憲法第13条・第24条「個人の尊厳・婚姻の自由」の侵害
もう次々と重要なのですが、そもそも養子であれ、お見合いであれ、恋愛であれ、結婚するのは当事者の人間カップルです。そこに「あなたの選択肢は旧宮家の男性だけです!」と突き付ける行為が前時代的過ぎるのではないか?と言うことです。さらに候補とされる旧宮家の男性にしても「皇統の維持」という国家的な目的のために皇室に入る選択を迫り、公の視線に晒される生活となります。これは「個人を国家の道具として扱ってる?、個人の尊厳(憲法13条)を脅かす」との批判があるのです。
3. 憲法第1条・第2条「世襲の正統性と国民の総意」の形骸化
憲法第1条は「天皇の地位は国民の総意に基づく」、第2条は「皇位は世襲」と定めています。 これにあてはめると戦後70年以上も「一般国民」として生きてきた旧宮家の方を、養子という民法上の手続きで途中から皇族に仕立て上げることが、憲法の言う「伝統的な世襲」と呼べるのかという疑問です。国民の馴染みがない元民間人が突然皇族化することについて「国民の総意」と言えるほどの合意形成がなされておらず、象徴天皇制の根幹(国民の理解と支持)を揺るがすという懸念です。
ここで旧宮家を軽く理解して欲しいのです。皇室から離れた旧宮家は宮内庁費など税金による支援は一切ありません。逆に国民になった時点で多額の固定資産税をはじめとする納税義務が発生しています。そうした中で旧宮家として品位と格式ある暮しを続けるということは現実的ではない。と言う状況なのです。
問題点は、ここでいう旧宮家からの養子が「世襲」という言葉に当てはまるのか?という判断です。
4. 主権在民(憲法第1条)と政治関与の懸念
最後がまた重いテーマ。 皇室のあり方は国民(国会)が決めるという主権在民の原則があります。 皇室側(特定の宮家)が誰を養子に取るかという「皇室内部の私的な意向・決定」によって、将来の皇籍取得者や皇統に関わる人物が決まってしまう構造は、国会(国民の代表)のコントロールを離れ、憲法の主権在民や法律主義の観点から問題があると指摘されています。次の天皇陛下には誰になって欲しいか?という国民の思いは届かず、その選出の裏で政治的思惑が働く(働きやすい)構造変化に注意しなければならないのです。
ここまでお話ししたのは「違憲」にフォーカスした問題で、全体のほんの一部に過ぎません。
冒頭、立法府として国会の役割がいかに大切かに触れましたが、そうした自覚が議員、
お一人お一人に本当にあるのか?採決の結果を見てみましょう。
憲法・法制上の重大案件でありながら、衆参ともに全会一致とはなりませんでした。
(参議院本会議 2026年7月17日)
賛成:184票(自民、日本維新の会、国民民主、公明、参政、チームみらい など)
反対: 57票(立憲民主、共産、れいわ新選組、社民、沖縄の風 など)
(衆議院本会議 2026年7月10日)
押しボタン式を採用した参議院とは異なり「起立採決」で行われたため、公式な票数の数字は記録されていません。
賛成: 自民党 日本維新の会 中道改革連合(一部議員を除く) 国民民主党 参政党など
反対・退席した党:共産党、れいわ新選組、中道改革連合の一部、チームみらい など
※議員の皆さんは法律を作るプロなのです。少なくても私のような素人がnoteに記載した
以上の理解があっての賛成票でなければいけないと思います。
【国民投票と憲法】
皇室のあり方という国家の根幹に関わる法改正でありながら、「なぜ国民投票に発展しなかったのか?」という疑問があります。結論から言うと国民投票は憲法にかかわる投票に限定されているからです。現行の法律では「皇室典範の改正」で国民投票を行うことはできないということです。
ただ、これも政治のハンドリング次第とも考えられます。
もし、愛子天皇を前提に皇室典範の改正を図るなら、冒頭、説明したように男系男子に限定したり、世襲を再定義する道を「憲法改正」によって進める方が先、と考えれば国民投票の実現も可能なシナリオとなります。
しかし、このシナリオを好まず皇室典範は憲法ではなく一般法と解釈すれば、現行法においては「重大な法律改正のときに国民投票を実施する」という制度(レファレンダム)自体が存在しないため、法的に国民投票を行うことができないという説明になります。
ここからは私見ですが、こうした「憲法との矛盾」を生む制度は、憲法改正と国民投票によって国民に直接、問うべき案件にすべきです。しかし政府(内閣法制局など)は「憲法第2条の『世襲』を守るための例外措置であるため、憲法改正も国民投票も不要である」という法解釈(ロジック)を組み立てて押し通しました。私は「憲法に例外」こそ、大変な危険だと思っています。「国民の総意」を決定する手段が、国民投票ではなく「実質3時間の国会審議と多数決」に留まったことが、今回の改正における手続的妥当性を巡る最大の議論の種となっています。
最後に【日本の価値】
国際的に見た日本の価値は30年40年という期間を経て驚くほど下がっています。
止まらない円安と物価高、税と社会保障と言う国民負担の増大は数年で方向性が変わるとはまったく思えない状況です。そうした経済の価値とは別に日本の価値、アイデンティティを考える時、何が残るのか?何が大切なのか?と言う問題を忘れることはできません。
インバウンドで人気の都市、雄大な富士の景観、北海道のパウダースノー・・・。
京都の寺社仏閣、木工と建築、そして「日本人の誠実な人柄と優しさ」。
私はこの日本の価値、アイデンティティに天皇制を入れたいのです。
少し唐突に思われるかもしれませんが、これほどまでに政治とお金を断絶した敬意ある存在は他国にないのです。
首相が海外を訪問してODAで多額の支援をする。もちろん当事国は歓迎しますが、多くの場合、政治的駆け引きや資源獲得といった実利とのバランスが根底には存在します。
皇室外交が一切ないかと言えば、海外の日程や訪問先は政府が決めるのでゼロではありませんが、受け入れ国は最大限の敬意を表し、その立ち居振る舞いは老若男女に日本への敬意と愛着を生みます。「いつか行ってみたい国、日本」。私が住むタイも含め、親日と言われる国が多くあるのも、こうした功績のたまものだと思っています。
それでも日本が戦争に巻き込まれるリスクはゼロではありません。その前段階で最後の砦となるのは、もしかしたら衝突の相手となる国民の親日性かも知れません。
迎撃ミサイルの規模を増やすことより、「さすがにあの国とは戦争したくない」という
感情を高めることも国防の一つだと思うのです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、楽しい週末を!
