詩は、氷河期の夢を見る:ヒマリ・シン・ソイン
かつて人々は、世界が氷に覆われることを恐れていた。
けれど今、私たちが見ているのは、むしろ氷が消えていく世界である。ヒマリ・シン・ソインの作品では、詩は極地の氷になり、遠い未来から届いた手紙になり、山の奥で鳴りつづける見えない声になる。
氷が、語り手になる
ヒマリ・シン・ソイン(Himali Singh Soin)は、1987年、インド・ニューデリー生まれ。詩、映像、音、パフォーマンス、テキスタイル、アーカイブを横断しながら、宇宙、エコロジー、非人間の思考、直線では進まない時間をテーマに扱うアーティストである。
代表的なプロジェクトに《we are opposite like that》がある。北極圏と南極圏でのリサーチをもとにした、映像、詩、パフォーマンス、本へと広がる作品群で、語り手のひとつは人間ではない。氷そのものだ。
中心となる2019年の映像では、詩とアーカイブ資料が組み合わされ、ヴィクトリア朝時代のイギリスにあった「氷河期が迫っている」という不安が語られる。白く広がる極地の風景の中を、異星人のような人物が進んでいく。やがてその身体は、きらめく氷へと変わっていく。
人間が氷を眺めるのではない。氷のほうが、長い時間の底から人間を見返している。
氷が集めた本
《we are opposite like that》は、本にもなっている。2020年に刊行された同名の本は、普通の詩集というより、詩的なアーティストブックに近い。
そこには、詩、架空の哲学、船からの不確かな観測記録、恋文、地図、レシピが混ざっている。キャンバス地の表紙に、銀色のスペースブランケットのしおり。まるで、氷が長い時間をかけて拾い集めた記録の束のようだ。
ヒマリにとって詩は、感情をきれいに整えるためだけのものではない。氷河期の夢、植民地主義の記憶、気候危機の不安、未来の予兆を、ひとつの奇妙な書物として編み直す方法なのだ。
山に届く手紙
もうひとつ重要なのが、《Static Range》である。これは、1965年にCIAとインド情報局がヒマラヤのナンダ・デヴィ山に、プルトニウム電源の監視装置を設置しようとした実話を出発点にしている。
嵐によって計画は中断され、核電源を含む装置は山中に残されたとされる。その不穏な物語を、ヒマリは核、毒性、漏れ出すもの、愛、環境災害をめぐる複合的なプロジェクトへと変えていく。

《Static Range》は、切手のイメージが放射線にさらされるように変化する15分のアニメーション、山と装置のあいだで交わされる手紙、音楽、刺繍、ヒーリング、植物を植える行為、パフォーマンス・インスタレーションへと広がっていく。山は、ただの風景ではない。何かを隠し、何かを漏れ出させ、何かを覚えている存在になる。
ここでも詩は、ページの上に静かに置かれるものではない。手紙になり、切手になり、山に貼りつき、放射能の記憶を運ぶものになる。
詩は、人間の声だけでは終わらない。
氷が語り、山が記憶する。
繰り返す危機の歴史とともに。
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