詩は、逃げ出そうともがく鳥:ムハンマド・アルファラジ
ナツメヤシの実でできた鳥が、世界のすべてを知ろうとする。
ムハンマド・アルファラジの《The Date Fruit of Knowledge》は、そんな不思議な寓話を語る映像作品である。
鳥は、ある伝説を聞く。ナツメヤシの木には、世界のすべての知識を宿した実が一粒だけなるという。けれど、どれがその実なのかは分からない。だから鳥は、その一粒を探すために、木になった実を片っ端から食べはじめる。
けれど、すべてを知ることは、本当に幸福なのだろうか。
詩は、暮らしとともに
ムハンマド・アルファラジ(Mohammad Alfaraj)は、1993年、サウジアラビア東部のアル・アハサに生まれた。アーティスト、詩人、映像作家である。アル・アハサは、砂漠の中に広がるオアシスとして知られ、ナツメヤシ、水、農地、鳥、土の記憶が、人々の暮らしと深く結びついている。
アルファラジの作品には、その土地の気配が濃く残っている。ヤシの葉、ナツメヤシの実、砂、水、廃材、使い古された日用品。それらはただの素材ではない。誰かが触れ、使い、時間を吸い込んできたものたちである。
だから彼にとって詩は、紙の上だけにあるものではない。世界の中で見つけ、拾い、組み立て直すものに近い。
すべてを知ってしまった鳥

《The Date Fruit of Knowledge》は、砂の上に描かれたイメージとストップモーションによって進む映像作品である。ナツメヤシの実でできた小鳥は、知識を求めて旅をする。
すべてを知れば、世界はもっと明るく見えるはずだった。けれど、あらゆる名前や場所、過去も未来も知ってしまった鳥は、もう無邪気に世界を楽しめなくなる。
そして最後に、鳥は知っていることを火に向かってさえずることで、すべてを忘れる。知識を失うことで、ようやくもう一度、生きることを味わえるようになるのだ。

近作《Don’t Touch My Tomato》でも、アルファラジは鳥やトマトの視点から同じ土地を語らせている。誰のものなのか。誰が食べていいのか。農夫にとってトマトは作物であり、鳥にとっては土地にある食べ物である。そしてトマト自身にも、まだ語られていない言い分がある。
言語の檻から逃げようとする
もうひとつ、彼の詩への考え方をよく表す作品に、《Poetry Is A Bird Trying To Escape The Cage of Language》がある。「詩は、言語の檻から逃げようとする鳥」という意味のタイトルだ。
これは映像ではなく、檻から抜け出そうとする鳥の翼を思わせる彫刻である。詩は言葉でできている。けれど、言葉だけでは足りない。だから鳥は、檻の外へ出ようとする。
アルファラジの作品では、ナツメヤシの実が鳥になり、鳥が知識を食べ、トマトが声を持つ。その瞬間、世界の中に隠れていた小さな寓話が、ふっと立ち上がる。
そして私たちは、世界をゆっくり味わうことを思い出す。
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