【できないことばかり見ていた僕へ】今できることが誰かの希望になる
「以前はできたのに、今はできない」
最近の僕は、そんなことを考える機会が増えました。
双極性障害になり、心や体が思うように動かなくなった。
仕事を休むことになった。
長く続けてきた活動を手放した。
無理をすれば以前のように動ける気がするのに、実際には体調を優先しなければならない。
その現実を前にすると、どうしても「失ったもの」や「できなくなったこと」ばかりに目が向いてしまいます。
そんな今の僕に、レーナ・マリアさんの言葉が届きました。
できないことばかり見ていたら、人生はつまらないものになってしまう。
その考え方に、僕は勇気をもらいました。
できないことを無理に乗り越えなくてもいい
レーナ・マリアさんは、生まれつき両腕がなく、片方の脚も十分には発達していません。
それでも幼い頃から水泳に取り組み、1988年のソウルパラリンピックに出場しました。
その後は音楽の道へ進み、現在まで歌や講演などを通じて世界の人々へメッセージを届けています。
この経歴だけを見ると「強い人だから何でも乗り越えられた」と感じるかもしれません。
でも、僕が心を動かされたのは、強さを自分一人のものにしていないところでした。
人間は誰でも弱くなる。
つらい出来事があれば、自分を小さく感じることもある。
それでも、家族や友人など、周りから愛されていると感じることで力を取り戻せる。
そんな考え方です。
つまり、強くなるとは、一人ですべてを克服することではありません。
支えてもらうことを受け入れ、その支えを力に変えていくことなのだと思います。
僕はできなくなった自分ばかり見ていた
病気になる前の僕は、長時間働きながら、情報発信や副業にも取り組んできました。
YouTubeも、何年も休まず続けていました。
だから動けなくなった時
「以前の僕ならできた」
「どうして今はできないんだろう」
と、自分を責めました。
失ったものを数え、周りと比べ、できない自分には価値がないように感じていたのです。
でも、できなくなったことだけが僕のすべてではありません。
毎日発信できなくても、一つの記事を書くことはできる。
大勢の人を支えられなくても、目の前の一人の話を聞くことはできる。
明確な答えを渡せなくても
「僕も同じように苦しかったです」
と伝えることはできる。
今の僕に残されているものは、思っていたよりもたくさんありました。
誰かと比べて自分の苦しみを否定しない
ただ、ここで気をつけたいことがあります。
レーナ・マリアさんの生き方を知って「これほど大変な人が頑張っているのだから、僕も弱音を吐いてはいけない」とは考えたくありません。
人の苦しみは比べるものではないからです。
体に障害があること。
心の病気を抱えること。
仕事や人間関係に悩むこと。
それぞれ事情も痛みも違います。
誰かの強さを見て、自分の弱さを責める必要はありません。
僕が彼女の生き方から受け取ったのは「もっと頑張れ」という叱咤ではなく「今あるものを一緒に見つけてみよう」という優しさでした。
できないことを否定するのではなく、できることへ目を向ける。
それは、自分を追い込むためではなく、自分に残された可能性を見失わないための考え方なのだと思います。
人は一人では強くなれない
僕も、一人でここまで来たわけではありません。
家族がいました。
主治医がいました。
話を聞き、気にかけてくださった人がいました。
自分だけでは踏みとどまれなかった時、周りの人たちが僕を支えてくれました。
以前の僕は、人に頼ることを弱さだと思っていたところがあります。
でも今は違います。
助けてもらうことも、生きるために必要な力です。
そして、受け取った優しさは、いつか別の誰かへ渡すことができます。
僕が「人生再挑戦サポーター」として活動したいと思うのも、支えてもらった経験があるからです。
誰かに救ってもらった僕が、今度は目の前にいる人の話を聞く。
その循環の中に、僕が今できることがあります。
小さなことでも、人のためにできることがある
「人の役に立つ」と聞くと、特別な能力や大きな実績が必要に思えるかもしれません。
でも、本当はもっと小さなことでいいのだと思います。
元気のない人へ声をかける。
相手の話を途中で遮らずに聞く。
「無理しなくていいですよ」と伝える。
感謝を言葉にする。
自分の経験を、誰かを責めない形で伝える。
それだけでも、孤独の中にいる人にとっては小さな光になることがあります。
僕は、今までのようには動けないかもしれません。
それでも、今の僕だから気づける痛みがあります。
立ち止まった僕だから、急げない人の隣を歩けます。
弱さを経験した僕だから
「強くならなくても大丈夫です」
と伝えられます。
できなくなったことが増えた一方で、病気を経験したからこそできるようになったこともありました。
感謝は苦しみを否定することではない
今あるものに感謝しようと言われても、苦しい時には難しいものです。
僕も、病気になってよかったとは思いません。
苦しかった出来事を「ありがたい経験だった」と無理に美化する必要もないと思っています。
感謝とは、つらさをなかったことにするものではありません。
苦しみを抱えたままでも
「今日も生きている」
「話を聞いてくれる人がいる」
「まだ言葉を届けられる」
と、今手元にあるものへ気づくことなのだと思います。
感謝できない日は、それでも大丈夫です。
少し心に余裕が戻った時に、一つ見つけられれば十分です。
未来の僕へ
また、できないことばかり数え始めたら、この文章を読み返してください。
以前と同じようにできなくてもいい。
誰かと同じ速さで歩けなくてもいい。
今できることを、一つ見つければいい。
記事を一つ書く。
一人の話を聞く。
自分の体を休ませる。
家族に「ありがとう」と伝える。
その小さな行動にも、意味があります。
人生の価値は、できることの多さだけでは決まりません。
今持っているものを使って、誰かへ何を渡せるか。
そして、自分自身をどれだけ大切にできるか。
今の僕は、そこに目を向けて生きていきたいと思います。
できないことがある僕にも、できることは残っている。
その一つが、誰かの希望になるかもしれない。
僕はこれからも、目の前にいる人と一緒に、その人に残されている小さな可能性を探せる伴走者でありたいと思います。
できない自分を、一人で責め続けなくても大丈夫です
「以前のように動けない」
「周りは進んでいるのに、自分だけが止まっている」
「今の自分に何ができるのか分からない」
そんな気持ちになることがあります。
僕自身も、病気によってできなくなったことに目を向け、自分を責めてきました。
だからこそ、無理に前向きな答えを押しつけるのではなく、今のあなたに残されている小さな可能性を一緒に見つける伴走者でありたいと思っています。
現在、公式LINEで無料個別相談(チャット対応)を行っています。
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立ち止まった経験を、誰かに寄り添う力へ
ホームページでは、僕が双極性障害を経験し、「人生再挑戦サポーター」として活動するようになった理由や、これまでの歩みを綴っています。
僕もまだ、再挑戦の途中です。
完璧な答えを持っているわけではありません。
だからこそ、同じように立ち止まっている人と、一緒に歩いていきたいと思っています。
▼ホームページはこちら
人は、できないことだけでつくられているのではありません。
今の自分にできる小さなことへ目を向ける。
そして、一人で強くなろうとせず、周りからの優しさも受け取る。
その積み重ねが、もう一度希望のある方向へ歩き出す力になるのだと、僕は思います。
