大丈夫と笑う子どもの奥にあるもの
娘が犯罪に巻き込まれた。
被害者になったのだ。
詳しい内容は書けない。
けれど、娘にとって、とても怖い出来事だった。
ある日の夕方、いきなり警察から電話があった。
「娘さんが犯罪に巻き込まれた」
そう聞いた瞬間、頭の中が一瞬真っ白になった。
それでも私は、走って警察署へ向かった。
そこには、娘と警察官がいた。
娘は案外ケロッとしていた。
私が「大丈夫?」と聞くと、
「大丈夫よ」と笑顔で答えた。
その笑顔に、少しだけホッとした。
けれど同時に、胸の奥ではずっと引っかかっていた。
本当に大丈夫なのだろうか。
本当に、怖くなかったのだろうか。
後日、改めて実況見分と調書作成があった。
警察からは、
「実況見分と調書作成が終わるまでは、娘さんに事件のことを聞かないでください。
記憶が書き換えられ、証言が変わる可能性があるので」
と言われていた。
だから私は、自宅でも事件のことには触れなかった。
聞きたいことはたくさんあった。
本当は抱きしめて、全部聞き出したかった。
でも、今は聞かないことが娘を守ることなのだと思い、言葉を飲み込んだ。
そして、実況見分が終わり、警察の調書作成が終わるまで待っていた時だった。
娘が突然、泣き出した。
「怖かった……」
そう呟いて、静かに泣いた。
その瞬間、胸が締め付けられると同時に、怒りが湧いた。
加害した側にも。
そんな目に遭わせた現実にも。
そして、守りきれなかった自分自身にも。
どうして娘が、そんな目に遭わなければいけなかったのか。
どうして、娘が怖い思いをしなければならなかったのか。
最初に見せた笑顔は、
本当に「大丈夫」の笑顔だったのだろうか。
もしかしたら、怖すぎて笑うしかなかったのかもしれない。
大ごとにしたくなくて、平気なふりをしていたのかもしれない。
自分でもまだ、怖かったことを受け止めきれていなかったのかもしれない。
子どもは、大人が思っているよりずっと空気を読む。
心配をかけまいとして笑う。
大丈夫じゃないのに「大丈夫」と言う。
だから私は、これから子どもの「大丈夫」の奥にある感情を
しっかりと見ていきたい。
大丈夫と言えたことも、きっと強さだ。
でもその後で、「怖かった」と泣ける場所があることは、もっと大切だと思う。
怖かったなら、怖かったと言っていい。
泣きたかったなら、泣いていい。
その時に言えなかったことが、あとから出てきてもいい。
心は、いつもすぐには追いつかない。
娘の心が少しずつ癒えていくように、
私はこれからも、そばにいたい。
「大丈夫」と笑う子どもの奥にあるものを、
見落とさない大人でいたい。
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