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名前も顔も知らないご先祖様へ。

祖母は昔から、よく言っていた。

「ご先祖様に感謝しなさい」

子どもの頃から何度も聞いてきた言葉だ。

でも正直、子どもの頃の私はずっと不思議に思っていた。

祖父母や、実際に会ったことのある親族なら分かる。

一緒に過ごした記憶があれば、その人の顔を思い浮かべながら「ありがとう」と思うことができる。

でも、会ったことのない人はどうするんだろう。

名前も知らない。
顔も知らない。
写真すら残っていない。

何代も何代も前のご先祖様に「感謝しましょう」と言われても、いまいち実感が湧かなかった。

何を思い浮かべて「ありがとう」と言えばいいのか。

そんな子どもの頃の私にとって、ご先祖様を具体的にしてくれた話がある。

母から聞いた、母方の曽祖父の話だ。

私は曽祖父に会ったことはあるらしい。

ただ、まだ赤ちゃんの頃だったので記憶にはない。

曽祖父は第二次世界大戦中、長崎で船を作る仕事をしていた。

そして、長崎に原爆が落とされたあの日。

曽祖父は長崎にはいなかった。

小倉に招集されていたのだという。

この話を聞いた時、不思議な気持ちになった。

なぜなら、あの日の原爆は、第一目標が小倉、第二目標が長崎だったからだ。

もし予定通りに小倉に落とされていたならば。

曽祖父は亡くなっていたかもしれない。

では反対に、いつも通り曽祖父が長崎にいたなら。

やはり、亡くなっていたかもしれない。

その日、たまたま長崎ではなく小倉にいたこと。

そして、原爆が結果的に小倉ではなく長崎へ落とされたこと。

二つの出来事の間で、曽祖父の命が残った。

曽祖父からまた命がつながり、その先に母が生まれ、そして私が生まれた。

もし、あの日の何かが違っていたら。

私は今ここにはいなかった。

そう考えた時、祖母が言っていた

「ご先祖様に感謝しなさい」

という言葉が、少しだけ違って聞こえるようになった。

ご先祖様に感謝するというのは、会ったこともない誰かを好きになろうとしたり、顔も知らない人へ親しみを持とうとしたりすることではない。

その人たちが、生きた。

戦争を生き抜いた人もいる。

病気を乗り越えた人もいるだろう。

事故に遭わずに済んだ人。

食べるものが少ない時代を生きた人。

一生懸命、働いた人。

苦しみながら生きた人。

誰にも知られず、記録すら残っていない人もいる。

その一人一人が生きて、命を次へ渡した。

そして、それが一度も途切れなかったから今、私がいる。

考えてみれば、ものすごいことだ。

私は自分の人生を、自分一人のものだと思って生きている。

今日何を食べるか。
誰を好きになるか。
どんな仕事をするか。
何に腹を立てるか。
明日どう生きるか。

もちろん、それを決めるのは私だ。

でも、この身体も、この命も、私から始まったわけではない。

ずっとずっと昔から、知らない誰かが生き抜いて、次へ渡してきたものの続きに、私はいる。

それを奇跡と呼ぶのか。

偶然と呼ぶのか。

運命と呼ぶのか。

私は分からない。

ただ一つ分かることは、どこかで一度でも途切れていたら、私はここにいなかった、ということだ。

だから私は、お盆になるとご先祖様のことを考える。

全員の顔を思い浮かべることはできない。

名前だって知らない。

どんな人生だったのかも分からない。

それでも、

あなたたちが生きてくれたから、私は今ここにいます。

そのことに、ありがとうと思う。

私にとって

「ご先祖様に感謝する」

というのは、そういうことだ。

亡くなった人たちを特別な存在として崇めることではなく、自分の命が、自分一人から始まったものではないと知ること。

今年もまた、お盆がやってきた。

名前も顔も知らない、たくさんの人たちの続きを、私は今日も生きている。

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