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【実家じまい・第二回】なぜ、その人形と「目」が合うのか? 呪縛を断つ「視界遮断」の儀式

捨てたいのに捨てられない。理由は呪いじゃない。あなたの罪悪感が、あの人形に目を与えてるだけです。
だから、目が合う。だから、手が止まる。

親の残したモノは厄介です。とくに、顔があるモノ。
人形や写真の「目」は、見る側の感情を勝手に映してくる。

そこに霊がいるわけじゃない。
あなたの罪悪感が、ただの物に目を作ってるだけです。

——じゃあ、どうするか。

顔があるから捨てられないなら、顔を消せばいい。
私はこれを、呪縛を断つ「視界遮断」の儀式と呼んでいます。

呪縛を断つ「視界遮断」の儀式(やり方)

やることはシンプルです。

  1. 白い紙か布で、人形の顔を完全に覆う

  2. 目が見えなくなるように、きつく包んで紐で縛る

  3. そして短く言う
    「これにて無へ還れ」

  4. 謝ってはいけません(謝罪は未練を残す)

  5. 顔を隠したままゴミ袋へ入れ、粗塩をひとつまみ

  6. 袋の口を縛って終わり

視界を塞ぐことで、あれはただのモノに戻る。
冷徹な作業です。

ここまで読んで、「そんな乱暴な…」と感じた人もいるでしょう。
でもね、実家じまいで詰まってる人ほど、必要なのは優しさじゃない。
切断です。

そんな話を先日まさに現場でやりました。

先日、50代の女性が来ました

朝5時。いつものように散歩に出ようと玄関の戸を開けると、冷たい雨の匂いがしました。

左肩の古傷が、ズーンと重く軋む。

……やめや。今日は歩かん。

私は戸を閉め、台所に戻って昨日淹れたコーヒーを火にかけ直しました。


その日、50代の女性が来ました。

実家の片付けが進まないと、肩を震わせている。
冷え切った指先で、自分の膝をきつく抱え込んでいました。

「親が大事にしていた日本人形と目が合うんです。捨てたら呪われそうで」
「アルバムの親の顔を見ると、息が詰まるんです」

私は彼女の運命設計図(カルテ)を広げて、構造を視ました。
そして、その震える肩を指差しました。

「あなた、それは親の念やない。あなた自身の罪悪感や」

女性はビクッと顔を上げ、息を呑みました。

呪いじゃない。罪悪感がそこに住んでるだけ

親の残したモノが厄介なのは、思い出があるからじゃない。
顔があるからです。

顔があると、脳は相手を相手だと誤認する。
ただのガラス玉に、勝手に意味を与える。
そして最後に、こう思い込む。

「見られている」

でも違う。
見ているのは向こうじゃない。あなたが見に行ってる。
愛されたかった自分も、憎みきれなかった自分も、全部連れて。

だから私は言いました。
「顔があるから捨てられないなら、顔をなくせばいい」

白い紙か布で、人形の顔を完全に覆い隠す。
目が見えなくなるように、しっかりと包み込んで紐で縛る。

そして、「これにて無へ還れ」と短く告げる。

謝ってはいけません。謝罪は未練を残す。

顔を隠した状態でゴミ袋に入れ、粗塩をひとつまみ振りかけて口を縛る。

視界を塞ぐことで、ただのモノに戻す。
冷徹な作業です。

私も昔、捨てられないモノの前で立ち尽くした

私も昔、捨てられないモノの前で立ち尽くしたことがあります。

事業が崩壊して、取り返しのつかない額の負債を背負った朝。
夜逃げ同然で事務所を出る際、かつての栄光が詰まった写真や記念品を前に、足がすくみました。

これを捨てたら、自分の生きてきた証まで消えてしまう気がした。

胃に穴が開くような痛みが走りました。
一週間下痢が止まらず、トイレの中で冷や汗を流しながら、鉄の味がする唾を吐き捨てた。

自分が泥の底に沈んでいく感覚でした。

過去の遺物に押し潰されて、今生きている人間が呼吸できなくなる。
そんなのは、本末転倒です。

あなたは今、生きている。

生きるために、過去の重さを切り離さなければならない時がある。

それでも手が震えるなら。あなたの許容量は、もう超えてる

ここから先は、優しい片付けじゃない。自分を守るための手順です。

もし、白い紙で顔を覆おうとしても手が震えて動かないなら。
それは意志が弱いんじゃない。執着が、あなたの許容量を超えているだけです。

こういう時に無理やりやると、片付けが儀式じゃなくて自傷になります。
だから私は、最後の手段として安全装置を用意しています。

私が作った 式護符は、霊を祓う道具じゃない。
あなたの手から零れそうな重さをいったん外に出すための手順です。

やり方はひとつ。
「触れる→移す→燃やす」——それだけ。

対象物を護符でゆっくり撫でて重さを吸着させる。
その護符を、ためらわずに燃やす。
古い術式を焼却する。使い切りの道具です。

※火を扱うのが難しいなら、燃やす工程は無理にやらなくていい。安全が最優先です。

ただし、勘違いしないで。
今日この記事を読んで、「もういいか、ただのモノだ」と腹がくくれるなら、道具なんていらん。
本当はそれが一番強い。

道具に頼る前に、まず 視界を塞いで、ただのモノに戻す。
それだけで終われるなら、それで十分です。

……まぁ、それが一番難しいんやけどな。


さて、コーヒーがあったまったことやし、足元で茶々丸が鳴いてるんで、少しかまってやるか。

目が合うのは、向こうが見てるからじゃない。あなたが、見に行くからだ。

——人形の目が怖いんじゃない。
あなたが見返される理由を、まだ手放せてないだけだ。

次回予告:
視線(目)を封じても、実家じまいは終わらない。押し入れの奥には、もう一つの厄介な亡霊が残っている。
それが「高かったのに」という声だ。桐箱の着物。未使用の高級食器。母の見栄と不安が、値札の形をして沈んでいる。
次回は、その価値の呪縛を断ち切るための「破壊」の儀式を話そう。割る。切る。形を無くすことで、あなたは自由になる。

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