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楽曲から着想を得て作る短編小説・ウルフルズ「バカサバイバー」

笑ってくれや

「バカサバイバー」にインスパイアされた物語


電話口で宏が言った。

「なんやねん、そんなショボクレて」

奈緒はスマートフォンを顔から少し離した。駅のホームのベンチに座って、ヒールを脱いで、靴下のつま先で床をこすっていた。もう八時過ぎだ。

「ショボクレてへん」

「声に出てるで」

「出てへん」

「奈緒の声、落ち込むと3トーンくらい下がんねん。今ちょうど下がってる」

3トーン、という単位が謎すぎて奈緒は少し黙った。

今日は最悪だった。三か月かけてまとめた企画書を、部長に会議で一行ずつ解体された。論理が甘い、数字の根拠が弱い、そもそもコンセプトがぼやけている。言われるたびに奈緒は「おっしゃる通りです」と頷いた。頷くたびに身長が縮んでいく気がした。

終わってから同僚の田端さんに「お疲れ」と言われた。その顔が微妙に哀れみの色を帯びていた。それが一番きつかった。

「あのな」と宏は続けた。

「いつも言うてるやろ」

「何を」

「何かガマンしてへんかって。無理して頑張りすぎてへんかって」

「してへん」

「嘘つけ。してるやろ。こらえて、頑張って、それで上手くいかんかったら凹む、繰り返してるやん」

奈緒は返事をしなかった。

「ちゃうの?」

「……うるさい」

「ほら見てみ。図星や」

宏の声は、電話越しでもよく通る。少し低くて、でも柔らかい。

奈緒は東京出身で、大阪に来て七年になる。大阪弁のせいもあるかもしれない。最初は宏の話し方が少し怖かった。直球すぎて、気遣いというものがないのかと思った。それでも、今では大阪弁っぽく返せるようになってきた。もう少しでバイリンガルだ。

「もっとうれしそうな顔できるやろ」と宏は言った。

「新しい服のときとかさ」

「買ってない、最近」

「ほなら、買いに行こうや」

「そういう問題ちゃう」

「そうか?わりとそういう問題ちゃうの」

奈緒は反論しようとしてやめた。電車が来た。「もう乗る」と言った。

「ほな、まあ、生き残っていこうぜ」と宏が言った。

「は?」

「生きていこうぜ、って言うてんねん」

「当たり前やろ」と言って、奈緒は電話を切った。

翌朝、奈緒はいつもより三十分早く起きた。

眠れなかったわけではない。六時間は寝た。ただ目が覚めて、もう一度眠れなかっただけだ。台所でコーヒーを淹れながら、昨日の会議のことを、宏の声のことを、交互に思い出した。

部長の顔が浮かんだ。山内部長、五十三歳。いつも少し疲れた顔をしていて、会議では鋭いのに廊下で会うと目が合っても先に逸らすタイプだ。奈緒は嫌いではないが、好きでもない。ただ昨日の会議の最後、帰り際に山内部長がぽつりと言った言葉が引っかかっていた。

「田中、もう少し肩の力抜いてええよ」

それだけだった。廊下ですれ違いざまに、それだけ言って行ってしまった。

奈緒は昨日から何度かその言葉を反芻している。慰められたのか、諦められたのか、よくわからない。ただ山内部長の顔が、今朝になって妙に胸に刺さっていた。

あの人も、若いころはあんな顔じゃなかったはずだ、と思った。

何かをこらえながら、頑張りながら、気がついたら目を逸らすのが癖になっていた。そういうことが、人間には起きる。奈緒はコーヒーカップを両手で包んだ。自分がいつかあんなオッサン顔、いやオバチャン顔になるかもしれないと思うと、少しゾッとした。

自分がガマンしているかどうか、正直よくわからない。ガマンというより、こうするしかないと思っている、という感じだ。

もっとちゃんと準備して、もっとちゃんと考えて、それでもダメなら謝って、また準備する。それが普通だと思っていた。それ以外の方法を、奈緒はあまり知らない。

でも宏は昨日、「無理して頑張りすぎてへんか」と言った。

無理して、という言葉が刺さった。無理じゃないと思う。でも、無理じゃないとも言い切れない。

奈緒はコーヒーを一口飲んだ。少し熱かった。

その日の昼休み、奈緒は一人でランチに出た。

会社の近くのサンドイッチ屋で適当に選んで、近くの小さな公園のベンチで食べた。十一月の日差しは薄くて、でも日向は温かかった。

宏と付き合い始めたのは二年前だ。共通の友人の飲み会で知り合った。最初の印象は「うるさい人だな」だった。二度目の印象も「うるさい人だな」だった。三度目に会ったとき、奈緒がその週仕事でミスをしてどうにも気持ちが晴れないと言ったら、宏は「ほな、焼肉行こ」と言った。理由を聞いたら「肉食ったら元気出るから」と言った。

馬鹿すぎる、と思った。でも焼肉に行った。元気が出た。

それから少しずつ会うようになって、いつの間にか付き合っていた。宏はいつもうるさくて、直球で、ときどき的外れで、でもたまに急に核心をついてくる。奈緒はそのたびに少し驚く。

「新しい服のときとかさ」と宏は昨日言った。

思い出した。去年の春、二人で梅田をぶらぶらしていたとき、何気なく入ったセレクトショップで、くすんだ青色のワンピースを見つけた。値段を見て一度棚に戻して、でももう一度手に取って、それをまた戻した。そうしたら宏が「似合うで」と言った。「買いや」と言った。

「高いから」と奈緒が言ったら、宏は「似合うかどうかの話をしてる」と言った。

奈緒はそのワンピースを買った。帰りの電車の中で袋を膝に抱えて、なんとなく嬉しかった。宏はそれを見て、「ほれ、その顔や」と言った。

どんな顔?と聞いたら、「ええ顔」とだけ言った。

奈緒はサンドイッチを食べ終わって、包み紙を丁寧に折った。

そうか、と思った。あの人、覚えていたんだ。

電車の中でした顔を。覚えていて、昨日の電話でそれを引っ張り出してきた。

奈緒はスマートフォンを出して、宏にメッセージを打ちかけてやめた。なんて書けばいいかわからなかった。「覚えてたんやね」とか「ありがとう」とか、そういうことじゃない気がした。うまく言葉にならなかった。

公園の鳩が一羽、ベンチの近くまで来た。奈緒は包み紙をゴミ箱に捨てて、立ち上がった。

仕事が終わったのは七時過ぎだった。

昨日よりは早い。今日は会議もなく、デスクで粛々と作業した。企画書を直した。論理を補強して、数字の根拠を足して、コンセプトを三行に絞った。昨日より少し良いものができた気がした。また違う部分が足りない気がした。たぶんそれは永遠に続く。

駅に向かいながら、奈緒は宏のことを考えた。

宏は何をしている人かというと、フリーランスでイベントの設営をしている。舞台の照明や音響の仕込みを手伝ったり、野外フェスの会場づくりを手伝ったり、そういう仕事だ。収入は安定しない。スケジュールも不規則だ。奈緒の父親に一度紹介したとき、父はあとで「ちゃんとした人なのか」と聞いた。奈緒は「ちゃんとはしてない」と答えた。父は困った顔をした。

でも、と奈緒は思う。

宏は熱しやすい。何か面白いことがあると子供みたいに興奮する。人にはああだこうだ言うのに、落ち込みやすい。仕事がうまくいかなかった夜に電話してきて、ぐずぐず言っていたことが何度かある。

そのくせ翌朝には「昨日の話忘れて」と言う。忘れられるか、と奈緒は思うが、宏の中ではもう前に進んでいる。

へなちょこで、甘えてくるくせに、でも前を向くのは早い。

そういう人だ。

宏は自分のことを「アホ」と言う。よく言う。「おれアホやから」と、言い訳でも自虐でもなく、ただの説明みたいに言う。でも奈緒のことは、ちゃんと見ている。電車の中でした顔を、ちゃんと覚えている。

アホやけど、私を見てる。

奈緒は改札を通りながら、昨日の電話を思い出した。「生きていこーぜ」と言った宏の声。馬鹿みたいなことを、でも本気で言っていた。

奈緒は電車の窓に映る自分の顔を見た。

昨日より少し、マシな顔をしていた。

宏の家に着いたのは九時近かった。

連絡せずに来た。正確には、来る途中でメッセージを一件だけ打った。「今から行く」と。宏から返信が来た。「急やな」。それだけだった。

チャイムを押したら少し間があって、宏が出てきた。作業着のままで、髪が少し乱れていた。今日は昼間に仕事があったらしい。

「どしたん」と宏は言った。

「別に」と奈緒は言った。

「別にで来るか普通」

「来たらあかんの」

「あかんことはないけど」

宏は少し考えるような顔をして、「入れ」と言った。

部屋に上がると、テーブルの上に食べかけのカップ麺があった。奈緒はそれを見て、少し笑った。

「笑うな」と宏は言った。「腹減ってたんや」

「ちゃんと食べな」

「ちゃんと食べてるわ。これちゃんとした飯やろ」

「ちゃんとはしてへん」

宏はカップ麺を流しに持っていって、戻ってきた。ソファに座った。奈緒もその隣に座った。

しばらく何も言わなかった。テレビはついていなかった。外から時々、車の音がした。

「昨日の電話、うるさかったか」と宏が言った。

奈緒は少し考えた。

「うるさかった」と言った。「でも」

「でも?」

「服のこと、覚えてたんやな、と思って」

宏は何も言わなかった。

「梅田で買ったやつ」と奈緒は続けた。「帰りの電車の中で、ええ顔してるって言ってたやつ」

「ああ」と宏は言った。短く。

奈緒は続きを探して、でも見つからなくて、黙った。

ありがとう、でも違う。好きや、でもなんか違う。ちゃんと見ててくれてたんやな、でもそれも少し違う。

たぶん言葉じゃないんだと思った。だから顔が見たかったのかもしれない。

宏が横を向いた。奈緒の顔を見た。

「何ニヤニヤしてんの」と宏が言った。

「ニヤニヤしてへん」

「してるやん。さっきから」

奈緒は自分の顔に触れた。口の端が、少し上がっていた。

「してたかもしれへんね」

宏は前を向いた。それからしばらくして、ぽつりと言った。

「そうやって笑ってくれや。そしたら、おれ、生きていけるわ」

奈緒は返事をしなかった。

ただ、もう少しだけ口の端を上げた。

宏には見えていないかもしれない。でも、見えていてもよかった。

外の車の音が、遠ざかっていった。


本作はAIとの共同執筆によるフィクションです。


あとがき

ボーボボの主題歌。この異常にハイテンションな曲を小説にできるかチャレンジした意欲作(ウソです)。これと同じくウルフルズの「サムライソウル」と根っこは同じ気がしたので、サムライソウル風味をスパイスに。

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