ぬかるみの中の星空
天気が悪かったためか、朝から憂鬱な気分だった。
カフェの新作パフェにも、最近流行りだした本にも、果ては自分の冷蔵庫に潜んでいた三日前のプリンにすら、何の希望も持てなかった。
そんな私が、あろうことか、路地裏に迷い込んだのは、運命というよりも、単なる方向音痴の成れの果てだった。
雨上がりの午後。
アスファルトの割れ目に、大きな水たまりが続いていた。
それを見た私は、無意識のうちに、ため息をひとつ吐いた。
「……あーあ、靴が汚れる。」
汚れ、ぬかるみ、湿った空気。
それらすべてが、今日の私の心象風景と見事に重なっていた。
けれど、その瞬間だった。
何の気なしに、水たまりを覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは――。
驚くほど澄んだ、青い空だった。
私は文字通り、立ちすくんだ。
小さな、小さな水たまりの中に、広がる無限の世界。
雲ひとつない、真っ青な空が、そこにあった。
思わず、周りを見渡す。
誰もいない。
遠くに見える人たちは、みんな急ぎ足で歩き、スマホを見つめ、イヤホンから世界を遮断しているようだった。
この奇跡に気づいているのは、たぶん、この路地裏で、世界で、私ひとりだろう。
人生もきっと、こんなものだろう。
水たまりだと思っていた場所に、空が隠れている。
ぐしゃぐしゃになった日々にも、小さなきらめきが宿っている。
とはいえ、現実問題として、靴はびしょびしょだ。
気づきとは、たいてい代償を伴う。
私は心のメモ帳に、そう書き留めた。
(なお、このメモ帳はほとんど「昨日も無事にミスをした。」「カフェで頼んだのに違うドリンクが出た。」など、反省文ばかりで埋まっている。)
人生はぬかるみだ、と誰かが言った。
私はそれに一票投じたい。
ぬかるみは、汚くて、滑りやすくて、厄介だ。
だけど、水たまりには、空が映る。
それを見つけたとき、人は、少しだけ救われるのだと思う。
もちろん、滑って転んだら、救われるどころか、背中に世界の冷たさを受け止める羽目になるのだが。
転んでも空は見える。(時には星も見える)
そう考えると、ちょっと勇気が湧いてきた。
ぬかるみを踏みしめながら、私はゆっくりと路地を抜けた。
湿った空気が、妙に肌に優しかった。まるで、世界が「まあまあ、そんなに急ぐなよ~。」と背中をぽんと押してくれるみたいに。
時々、世界はそういう顔を見せる。
それは、用意された舞台でもなければ、派手な演出でもない。
小さな、小さな偶然たちだ。
傘を忘れた日に限って、置き傘があったり。
財布を落としたと思ったら、知らない誰かが届けてくれていたり。
そんな奇跡の数々は、たいてい、ぬかるみの向こう側にある。
つまり、今日びしょびしょになった靴も、未来の奇跡への通行証なのかもしれない。
それに、たとえ濡れた靴が乾かなかったとしても、心だけは、きっと少しだけ澄んだ青空に近づけた気がした。
帰り道、カフェに立ち寄った。
私はココアを注文した。
店員さんは笑顔で「ラテですね♪」と答えた。
……違うが、いい。
世界は完璧ではないし、私も完璧ではない。
たぶん、ぬかるみの中を歩くには、こういう鈍感力も必要なのだ。
ラテを飲みながら、私はノートを広げる。
そこには、今日書き足したばかりの新しい言葉が並んでいた。
「汚いと思われている場所にこそ、星が落ちている。」
私は、そんな言葉を信じることにした。
そして、靴を乾かすより先に、心をあたためることを選んだ。
思い出すと、あの水たまりの中には、青空だけじゃなく、私自身の顔も映っていた。
ぼやけた輪郭。疲れた目尻。湿気で暴れた前髪。
でも、その全部が、悪くなかった。
だって、空を探しに行った顔だったのだ。
「人生って、水たまりだらけだな。」
ふと口に出してみた。
誰も聞いていない。
でも、その言葉は、自分の胸に小さく、確かに響いた。
水たまりだらけでもいいじゃないか。
だって、そのたびに、空を探せる。
転んでもいいじゃないか。
だって、そこからしか見えない星もある。
帰り道、夕焼けが街を染めていた。
足元の水たまりが、今度はオレンジ色に輝いている。
今日、私は小さな奇跡をひとつ拾った。
誰も見向きもしない路地裏の、汚れた水たまりの中で。
人生もきっと、そうだ。
ぬかるみの中にも、空があり、夕焼けがあり、星の地図が隠れている。
見つけられるかどうかは、ただひとつ。
立ち止まって、ちゃんと覗き込めるかどうか。
私は、今日一日を抱きしめるように、小さく息を吐いた。
濡れた靴音を響かせながら、私は、ぬかるみの国を歩いていく。

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