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26歳の新婚旅行で、二人の恋は終わった

夫とわたしのあいだで大切している曲がある。
しかしその曲は「二人の恋は終わったのね」とはじまってしまうのだ。

8年前、11月の熱海。
22歳年の離れたわたしたち夫婦の新婚旅行だった。

いったい歳の差夫婦がどこへ旅行したらふたりともが楽しいのだ?と思われるかもしれない。どちらかに合わせるのではないか、と。しかし、心配無用。歳は関係ない。仲のいいわたしたちふたりなら、どこへ行ったって楽しめる。

最終的に選んだのは「いっそ、ベタにどう?」とわたしから提案した、新婚旅行の聖地・熱海。「それ、えぇなぁ」と夫も賛同してくれて、新婚旅行でもないと足が向かないような温泉街に行き先を決めた。その頃住んでいた東京からの近場で、ゆるりと過ごすことにしたのだ。3泊4日、決められた予定はなんにもない。気がむくままに過ごせばいいと思った。

結局ほとんど旅館から出ずに、のんびり。まだ旅先では観光することが多い20代半ばのわたしにとっては、連泊する宿から出ないという、新しい贅沢のしかただった。テラスにふたり並んで本を読んだり花札を遊んだり。「新婚旅行なのに、なんだか老夫婦みたいだね」とふたりで笑った。

3日目になって、いよいよ一日だけまちへ出かけることにした。正直とびきりおしゃれとは言えない、観光地らしいちょっと野暮ったいレンタル着物を着付けしてもらい、まちをぶらぶらした。

コーヒーを飲みに、たむらという昔ながらな喫茶店に立ち寄ると、お節介なおばちゃんが「なによその着付け!」と夫の着物を直してくれた。「これで男前よっ」と、着付け直した夫の背中をパシッと叩く。慣れないレンタル着物を着た年の離れた男女2人組。もしかして父娘?下手したらあらぬ関係?と思われていたかもしれない。新婚旅行だと伝えると、ぱっとおばちゃんの顔は華やぎ「いいわねぇ、大事にしなさいよ」と、ふたりの写真をたくさん撮ってくれた。

楽しみにしていた文化財の起雲閣は入り口まで行くと門が閉まっていて、あいにくの休み。「休館日」の看板の横に立った、がっかり顔のわたしを、夫が写ルンですで撮った。そんな、予定通りに行かなくても笑い飛ばせる、楽しい時間が心地よかった。

そしていよいよ、本命のスポットへ。わたしたち夫婦がいちばん行きたかった熱海のスポットが「和田たばこ店」。その名の通りたばこ屋さんであり、かつ駄菓子屋さん。しかしそれ以上に気になるのは、レトロなコインゲームが山ほど置いてあるという噂だ。ゲームたちはしっかり現役で動き、お金を入れれば実際に遊べるらしい。

和田たばこ店も起雲閣のように休みではないか、とひやひやしながら行ってみると、開いている!名前は「たばこ店」だし、店先にも外に向かってたばこがディスプレイされている。駄菓子とゲーム機はいずこ?と思いつつ一歩なかに入ると、そこには小学生の頃に通った、地元の駄菓子屋と重なるような売り場が。そして右手を覗き込むと、十数台はあるだろうかというレトロゲーム機が窮屈そうに詰め込まれた空間があった。

「これなぁ、むずいねん」と言いながら夫がゲーム機に十円玉を投入すると、筐体のなかを物理的に硬貨が転がっていく。
「やったことあるの?」
「あるある」
昔ながらのゲーム機は、平成生まれの私にはものめずらしく、昭和生まれの夫には懐かしいらしい。「新幹線ゲーム」「国盗り合戦」「山のぼりゲーム」などテーマも渋いが、ゲームは今遊んでもフレッシュに楽しい。ふたりでキャッキャと、十円玉をばんばん入れて、大人買いならぬ大人遊びをした。どれくらい時間が経っただろう。店先に並んでいたゲームはすべて遊びきり、さて、そろそろ行きますか……というところで、店主のおじいさんにぶっきらぼうに声をかけられた。

「もう一部屋あるけど、遊んで行きますか」

えっ、と驚きながら、「はい!いいんですか!」と迷わず、答える。さっきまで遊んでいた店の隣の建物のドアを開けて、案内された。

そこには小部屋が。小部屋のなかには、これまたレトロゲーム機ずらりと、こんどはジュークボックスも数台、壁際にみちみちに並んでいる。ゲームは、さっきまでいた店頭と同じくらいの種類があるではないか。まだまだ遊べる!どうして店主のおじいさんがこの秘密の部屋をわたしたちに開放してくれたのかは謎だ。遊んでいる様子を見ていて認められし者だけが案内されるのだろうか、なんて考えを巡らせてうれしかった。

さっきまでいた駄菓子屋の店頭と違うのは、ジュークボックスがあるところ。夫が100円玉を投入し、「何をかける?」とわたしのほうへ振り返る。うーん、ピンとくる曲もなさそうだし……とわたしが困っていると、それじゃ、と夫はボタンを選んで押した。するとジュークボックス内のレコードに針が落ち、部屋は爆音で包まれた。フランス語らしき、知らない曲。だけど、一発で気に入った。男性とも女性ともつかない声でなにかを語りかけるように切々と歌い上げている。こういう音楽、シャンソンっていうのかな?

夫に「知らへん?」と聞かれたけど、首を横に振る。どうやら古い歌で、夫にとってはの世代ストライクな曲なのだろうか。いやいやそれにしても古いかな。「なんて曲?」と聞くと、夫が何か答えるけど、曲が大きくて聞き取れない。もう一回、と指でジェスチャーすると、耳元に顔を寄せて言ってくれた。「さん、とわ、まみー」。やっぱり聞いたこともない曲名。きっと、彼にとっては、このどこか懐かしさのあるこの空間に合わせて選んだのだろう。しかし、わたしにとっては、今この瞬間に夫が教えてくれた特別な未知の一曲。

ジュークボックスとレトロゲーム機が所狭しと並び、ピコピコ光る小部屋のなかで、『サン・トワ・マミー』だけが響いていて、いまこの世界にふたりきりのような気分。この瞬間はずっと忘れられないだろうな、忘れたくない。そうだ、この曲を新婚旅行のテーマソングにしよう!この先、写真を眺める時、新婚旅行を思い出す時、頭のなかのBGMはこの曲を響かせる。ジュークボックスを見つめながら、そう決めた。

二人の恋は終わったのね
許してさえくれない貴方
サヨナラと顔も見ないで
去って行った男の心

楽しい夢のようなあの頃を想い出せば
サン・トワ・マミー
悲しくて目の前が暗くなる サン・トワ・マミー

サン・トワ・マミー  越路吹雪版・日本語歌詞(岩谷時子)

幸せのてっぺんにいるようなシーンでかかった『サン・トワ・マミー』は、後から調べるとアダモというベルギーの歌手の曲で、別れの歌だった。新婚旅行で、結婚したのだから、ある意味「二人の恋は終わったのね」も間違いではなかったかもしれない。いや、でもいつまでも夫に恋していたいし、結婚してから8年経った今も、恋していると思う。

頭に響く爆音、場違いな選曲、そしてそれを初めて聞くわたしのことを、隣でにこにこ見ている夫。走馬灯って、こういう瞬間が流れるんじゃないかな。生まれてはじめてそんなことを思った。

あれ以来、街角でこの曲が流れると、わたしたちは思わず顔を見合わせてしまう。ふたりで入った中華レストランで『サン・トワ・マミー』がかかった時には、なんだか歓迎されているような気分になって、お酒をたくさん飲んでしまった。

わたしの機嫌がいい時に、時々、家で『サン・トワ・マミー』をかける。すると、なんでもないリビングから、いつだって、あの熱海の小部屋にワープしたような気分になるのだ。

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