【乳がん闘病コミックエッセイ】ep18: 治療と家族の話③
第18話












日日伴走記


CHOCO'S column
大丈夫って言えなかった夜
16話では「こんなに体調悪くなるなんて!」と叫んでいますが、本当に、まさかここまでとは思っていませんでした。
もしかすると、がんを告知されて治療に入るまでの間に、もう少し自分に「患者としての自覚」があったなら、こうはならなかったのかもしれません。
あえて言葉を選ばずに言うと……
正直、がんを舐めていました。
そして、自覚がなかった。それに尽きます。
・思ったより抗がん剤の副作用が軽かった
・きつい副作用が出る薬(※ジーラスタ)は中止できた
そんなこともあって、寝込む日数は毎回1~4日程度。
もともと私は生理痛がかなり重くて、ホルモン治療を始める前は毎月2日くらいは動けず、食べられず、寝込んでいました。
今では「がんも治る病気になってきた」と言われる時代です。
医学の進歩もあるし、早期発見も増えた。
でも、悪性腫瘍って、やっぱり怖い病気です。
体の細胞を壊していく、命にかかわる病気です。
そのことに対する自覚が、自分には足りていなかった。改めてそう思い知らされました。
がんを告知され、受け入れて……
ようやく芽生えてきた「がんへの恐怖」。
死ぬかもしれない。
副作用で明日にはもう動けないかもしれない。
そんな、正体のわからない不安に押しつぶされそうになった夜のこと。
息子が部屋に来て、言葉をかけてくれました。
息子にとっても、「がん」という言葉は強い恐怖を連想させるものだったと思います。たとえステージⅠだったとしても、不安はあったはずです。
当時まだ中学1年だった息子に、できるだけ不安を抱かせたくなくて、「私は大丈夫」と振る舞っていました。
でも、無理でした。
冷静に周囲を見て、心配してくれた息子の言葉には、本当に感謝と感心しかありません。
同時に、親として情けなさも強く感じました。
「家族だからわかってほしい」は、きっとエゴなんですよね。
家族であっても、伝える努力をしなければ、伝えたいことは伝わらない。
そのことのシンプルさと、でもそれがいちばん難しいという事実を痛感しました。
この話を書くにあたり、家族3人+かりんちゃんとで、当時の気持ちを改めて話し合いました。
親としては情けない話でも、二度と子どもにあんな役回りをさせないために。
この話を発信するのは、自分への戒めでもあります。
キャンサーギフトという言葉について
最初にお伝えしたいのは、この言葉を大切に思い、支えにしている方がたくさんいらっしゃることを私は知っています。
そして、それを否定するつもりはまったくありません。
ただ、それでもこんなふうに感じる人間もいるということも伝えたくて、無理を言って漫画の中に入れてもらいました。
キャンサーギフトという言葉には、私自身少し引っかかるところがあります。
がんを経験したことで得られた気づきや出会い。それがあったのは事実です。がんになる前と今では、考え方も世の中の見え方も全然違います。
だけど、それを「ギフト=贈り物」と呼ぶことには、やっぱり抵抗があります。
それでも、”贈り物”と感じ、前向きに歩んでいる人がいることも知っています。そして、それをそう思える心のあり方は本当に尊くて、私もそうありたいと心から思います。
がんを経験して、自分の中で確かに「成長したな」と感じる部分はあります。
でも、それでもやっぱり、私は思ってしまう。
「がんにならないに越したことなんて、一切ない!!!」
だから伝えたい。
生理が重い女子は、一度婦人科に行こう。
お風呂に入るとき、胸まわり、少し気にして触ってみて。
ちょっとでも体調に「ん?」と思うことがあれば、ちゃんと検査してもらおう。
「この程度で病院なんて大げさかな?」そんなこと、ぜんっぜんないから!
「何もなくてよかった!(ちょっと恥ずかしいけど)」が、いちばん良いんだから。
【CHOCO/ちょこ】
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