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『サンキュー、チャック』シナリオの構造について

本作のシナリオ構造は、観客の評価を二分するだろう。

それは3.2.1とカウントすることではない、
これで終わらせる度胸とでもいえばいいか。

世界各地で同時多発的に発生する大惨事は、
〈チャックという一人の男の物語〉へと集約されていく。

この展開を、物語の整合性が取れていると解釈するか、

あるいはラストの着地点のために宇宙と世界とフォースとダンスを道連れにした〈強引な飛躍〉と捉えるかで、
満足度は大きく変わるはずだ。

しかし、この強引さこそが本作の意志であるともいえるだろう。

138億年という宇宙の悠久な時間軸から見れば、
地球の歴史、人類の営み、一人の人間の人生も、一瞬の灯火に過ぎない。

その〈無〉に等しい一瞬の証しを全肯定するために、
本作は満点の星空そのものを舞台装置へと変貌させたのだろう。

随所に散りばめられたボブ・フォッシーへのリスペクトも見逃せない。

祖母のVHSテープ、
『キャバレー』『オール・ザット・ジャズ』から引用された、
生と死の境界線で踊るようなコリオグラフ、
チャックのメンタル、フィジカルとシンクロしている。

もう少し具体的に言うと、

ムーンウォークの原点とも言えるフォッシー特有のステップの数々。

これらは単なる技術的な模倣ではない、
フォッシーが自身の死を見つめて描いたショービジネスの華やかさとその裏側にある孤独が、
チャックの39年の人生というフィルターを通して作品に蘇っているという解釈もできるだろう。

特に印象的なのは、
『オール・ザット・ジャズ』のテーマ曲としても知られる「バイ・バイ・ラブ」の精神性だ。

空の星を数えながら、あきらめようか。とうとうぼくは、ひとりぼっち。

この歌詞の一節は、

数多の映画で引用され、
本作でも重要な意味がある身体性を言語化するのに長けたホイットマンの世界観と見事に共鳴する。

広大な宇宙、あるいは死という絶対的な沈黙をあの部屋に見たとき、
人は結局〈ひとり〉である、

しかし、
その絶望を胸の奥に押し込みながら、
あえてステップを踏み、軽やかに自由に生きる。

その刹那の輝きこそが、
人間が宇宙の壮大な流れに対して示せる唯一のアクション、
そして最大の敬意(サンキュー)と感謝なのかもしれない。

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