ザ・レンタル 1部
小説
第1部 プロローグ ~ レンタル決断まで
プロローグ ― 東京・神田
オフィス街の喧騒が昼下がりの空に溶け込んでいた。
株式会社東進レンタル。建設機械やイベント資材を扱う小さなオフィスの営業部で、唐沢高志は電話口に追われていた。声は真面目だが、どこか弾まない。三十二歳、独身。係長という肩書きの割に、覇気のない男だと周囲から見られている。
昼休み、屋上。
缶コーヒーを飲んでいると課長がやってきた。
「唐沢君、今日はノー残業デーだぞ。飲みに行くぞ」
「え、まだですか?……俺は、ああいうのちょっと……」
「じゃあホルモンならどうだ」
「それなら……まあ」
課長は満足げに笑い、事務所へ戻っていった。

ホルモン居酒屋
夜。鉄板でジュウジュウとホルモンが焼け、煙が充満する。唐沢、課長、主任の「もっちやん」がジョッキを掲げて乾杯した。
「ところで唐沢君、連休どこ行くんだ?」
「……どこも行きませんよ」
「俺はゴルフ」
「僕は家族でディズニーです」もっちやんが誇らしげに言う。
「いいですねえ」唐沢は力なく笑う。
「君、何か趣味ある?」課長が真顔で尋ねた。
唐沢はしばし黙り、首を傾げる。「……ないですね」
課長はビールを飲み干し、「最近、女子に流行ってるんだよ。ソロキャンプ」
「え? 山で一人で?」唐沢の目が丸くなる。
「そう。しかもな、ソロ同士は恋に落ちやすいんだってさ」
もっちやんが「いいねそれ!」と食いつく。唐沢は無表情のまま、無言でビールをお代わりした。
ホームセンター「かしま」

休日の昼。唐沢は意を決してホームセンターへ。
アウトドアコーナーでテントを手に取り、困惑していると、店員が声をかけてきた。
夏目恵子。快活で笑顔の女性だ。
「キャンプは初めてですか?」
唐沢はバツが悪そうにうなずく。
「お任せでお願いします」
恵子はにっこり笑い、カートに次々と用品を放り込む。ガスバーナー、椅子、テーブル……カートは山になった。
「わたしもソロキャンプしますよ。気持ちいいですよ、楽しんでくださいね」
そう言って去る恵子。
唐沢の胸にかすかな希望が芽生えた。
「若い女性が一人で山へ……なるほど」
彼は思わず顔をほころばせた。
ソロキャンプデビュー

数日後。唐沢はキャンプ場に着き、説明書を見ながら悪戦苦闘してテントを設営した。汗だくで途中挫折しかけるが、再挑戦。なんとか完成。
しかし料理道具を忘れていた。コンビニおにぎりで済ませる。
夕暮れ。周囲はベテランキャンパーで賑わっていた。男が作った料理を女子ソロにふるまい、笑い声が響く。唐沢は寂しさを紛らわすように薪拾いへ向かった。
遭難と邂逅

森の奥へ。枝を拾う唐沢。ふいに黒い影が横切る。熊だ。心臓が跳ね、全力で逃げ出す。草むらを転がり落ちた拍子にスマホを落とした。
「……ない!スマホが……!」
暗闇が迫り、心細さに震える。
「助けてくれ!」
その時――
「どうかしましたか?」
白いドレスをまとった欧米系の美女が現れた。場違いなほど豪奢な姿。幽霊のようだ。
「これですか?」と差し出したのは金塊。
「ちがいます!」唐沢は即答。
すると次にスマホを取り出した。
「……それです」
「あなたは正直者ですね。選ばれました」
女は微笑み、手招きする。地面が開き、階段とエレベーターが出現した。唐沢は混乱しながらも吸い込まれていった。
地下都市

エレベーターが開いた瞬間、唐沢は目を疑った。
そこはホテルのロビーのような巨大空間。座っている人々の中に――夏目恵子の姿があった。
「え、ホームセンターの……」
「あなた、キャンプ初心者の……」
互いに驚き合う二人。
やがて、ドレスの女と、グレーの衣装を纏った男が現れる。責任者らしい男は深々と頭を下げた。
「我々は惑星Zから参りました。お願いがあります――あなた方のボディを、レンタルさせていただきたい」
ボディレンタルの提案

責任者は穏やかに説明した。
惑星Zは地球より遥かに進んだ精神文明を築いた星。
しかし物質的な身体を移動させるには五十年以上かかる。
そこで「魂の転送」で地球人の肉体を借り、観光するのだ。
テーブルに置かれたカバンには、一万円札の束がぎっしり詰まっていた。
「地球の紙幣は価値があるでしょう。我々には紙くずですが」

年配のゲスト二人は「俺はあの世へ行く」「妻に会いたい」と“あの世ツアー”を選んだ。
唐沢は、信じられない気持ちのまま口を開いた。
「……通常コースで」
「私も」恵子が続く。
責任者はにっこり微笑む。
「では、準備を始めましょう」
エピローグ ― 惑星Z

芝生の広がる惑星Z。
若い姿の夫婦、ガイとソラが手を取り合う。
「新婚旅行だ、地球へ行こう」
浮遊プラットフォームが近づき、二人は乗り込む。
遠くに「地球観光ツアー」の出発ゲートが見えた。
二人の胸は高鳴り、そして――転送装置が輝き始める。
物語が動き出す瞬間だった。
地下都市 ― 転送室
淡い光に包まれた広間。
白を基調とした近未来的な部屋に、リクライニングチェアが10台ほど整然と並んでいた。床から天井まで滑らかな曲線で構成され、どこか神殿のような荘厳さが漂う。
案内役の女性が柔らかく告げた。
「こちらへどうぞ。安心してください、恐怖はありません」
唐沢と恵子、そして年配の二人が椅子に腰を下ろす。リクライニングが自動で倒れ、天井に映し出されたのは、無限に広がる宇宙空間だった。惑星、星雲、銀河……プラネタリウムを超える圧倒的なリアルさ。
透明なカプセルのような蓋が、静かに頭上から降りてくる。
だが不思議と恐怖はない。胸の奥に安らぎが広がり、穏やかな眠気すら覚える。
唐沢の体が淡いオレンジ色に発光し始め、隣の恵子も同じ色に包まれていく。年配の二人は優しいグリーンの光に満ちていた。
「――まもなく転送を開始します」
アナウンスが響いた瞬間、光はさらに強くなり、視界が白に溶けていった。
惑星X ― 転送センター
同じころ。惑星Xの巨大な白い建物から、人々が次々と出てくる。
転送を終えた観光客たちだ。顔には興奮と驚愕が入り混じっている。
「いやあ、すごいね。カルチャーショックだよ」
「地球って……銀河でも特別な惑星だ。進化の遅さは異常だね。誰かが邪魔してるに違いない」
その言葉に、待合にいたガイとソラは顔を見合わせ、大きくうなずいた。
「楽しみね」
「刺激がありそうだ」
二人は転送室に案内され、リクライニングチェアに腰掛ける。
目を閉じると同時に、意識は流れるように吸い込まれていった。
地球 ― 地下都市、転送完了
白い光が収まる。
唐沢と恵子の肉体がゆっくりと起き上がる。だが、その瞳には別の人格の光が宿っていた。
――ガイとソラ。
「……ここが、地球」
声は唐沢のものだが、響きは異質だった。隣に立つ恵子の姿も、すでにソラの魂が宿っている。二人は互いを見つめ、微笑み合った。
その様子を呆然と見つめる案内係が、淡々と注意事項を説明する。
「地球での行動は観光目的に限られます。肉体の損傷を避け、安全にお過ごしください」
一方で、惑星Xの転送室では逆の現象が起こっていた。
唐沢と恵子の意識が目を覚ます。自分の身体を見下ろし、思わず息を呑む。
「……え? なんだこれ」
自分の姿が変わったことに混乱する二人。言葉も通じない。
すると、案内役が穏やかに微笑み、両手を額にかざした。
――瞬間、脳裏に直接、意味が流れ込んでくる。
「ここではテレパシーで会話します」
初めての感覚に、唐沢と恵子は目を見開いた。
地球 ― 出発の握手
転送を終えた高齢の二人もゆっくりと立ち上がった。
その肉体には、惑星Xの若い冒険者の魂が宿っている。
「楽しもうぜ、地球を」
「いいね! でも、体すこし動かないな 」
首をくるくる回し、腕を回す
唐沢(の体)と恵子(の体)、つまりガイとソラも同じように立ち上がり、互いに握手を交わす。
霊界 ― 花畑
一方、“あの世ツアー”を選んだ年配の二人。
気づけば花畑を歩いていた。光に満ち、柔らかな風が吹き抜ける。
遠くから若い女性が駆け寄ってくる。
「あなた……来るの早いじゃない」
「……さっちゃん!」
そこに現れたのは亡き妻。若く、美しい姿で笑っている。
もう一人の男も、若き日の妻と再会し涙した。
彼らの体は徐々に若返り、青春時代の姿を取り戻していく。
「もう戻りたくないな……ここでいいや」
「だめよ、まだやり残したことがあるでしょう」
妻たちの声に耳を貸さず、二人は笑い合いながら花畑を駆けていく。
ナレーション(オーバーラップ)
「――転送、完了しました」
唐沢と恵子、ガイとソラ。
四人はそれぞれ別の惑星で、新たな冒険を始めることとなった。
つづく・・・
