生成AIイラストの時代に、アナログで絵を描くこと。
少し前にThreadsで、生成AIに作らせたイラストをキャンバスにプリントして高額(10万近く)で販売している人がいるという投稿を見かけました。手描きにしか見えないイラストを生成して、凹凸した質感のあるキャンバスにプリントすれば一見すると手描きの一点物の原画に見えるかもしれませんし、そう謳って販売することもできるでしょう。そういうことが技術的に簡単にできてしまう時代なんだなぁ、と思いました。
ただ、生成AIで作られたプリントの絵だと知っていても、人はこんな高額を払って購入するのでしょうか。インテリアショップで売られている、プリントのアートパネルぐらいの価格ならありえるかもしれませんが。どうなのでしょう。
「作家さんが描いた世界でたった1枚の原画」、或いはジークレーなどの高級複製画だからこそ、それなりの金額で購入するのだと思うのですが。
生成AIであれば簡単に短時間でコストも掛からずにクオリティの高いイラストが出来上がります。最近はテレビのCMにも生成AIイラストが使われているのを見かけるようになりました。見渡せば世の中生成AIイラストで溢れかえっています。おそらくある程度の領域でイラストの仕事は生成AIイラストに置き換わっていき、イラストレーターの一部は淘汰されていくのでしょう。
生成AIに限らずデジタルで描けば完璧できれいなものが描けます。写真をトレースしてデジタルで描けば一切狂いのない完全なデッサンの美しい絵が描けます。インスタではそうした完成度の高いデジタルな風景画に若い男女を配置したようなイラストが高い評価を得ています。
ちなみに私もイラストレーター時代はデジタルで描いていましたが、それは作業効率とデータ納品を考えてのことでした。
こんな時代に、わざわざ手描きで一筆一筆アナログな画材を使って時間と労力をかけて絵を描くということについて、たまに考えます。
私も20年以上ぶりにアナログの画材を手に取り昨年から絵を描きはじめましたが、アナログの画材のおもしろさやその表現の深さや豊かさに日々魅了されています。絵の具の掠れや滴りや滲みや盛り上がり、何層にも塗り重ねることによって生まれる質感、アクリルガッシュ・色鉛筆・クレヨンなどのさまざまな画材を組み合わせることで広がる表現、偶然性によって生まれる予測不能なおもしろさ。描く度に新たな発見があって楽しいし、毎回ワクワクしています。
人間というのは不思議なもので、不完全なものに魅力を感じる生き物だと私は思います。だから、デジタル・AIイラストの完璧で隙のない綺麗すぎる表現に不自然さや違和感を感じる人や、そうした世界観にお腹いっぱいになってちょっと疲れた人たちが、不完全で素朴で凸凹なアナログの表現に新たな価値や魅力を感じて惹かれるのかもしれません。そもそも人間自体が有機的でアナログな生命体。だからこそアナログな絵に共鳴して、どこかホッとするのかもしれませんね。生命として安心感や親近感・安らぎ・ぬくもりを見い出すのかもしれません。
いずれにしても、どんなにテクノロジーが進化してもアナログで絵を描く人がいなくなることはないし、そうしたものを求める人がいなくなることもないでしょう。根源的に、人は有機的でアナログなものに惹かれる生きもの。ロボットではないのですから。
私ももうデジタルに戻ることはないと思います。アナログで描く愉しみや喜びを再発見してしまいましたので。
デジタル・AI・アナログ。
いい感じに共存していけたらいいですね。
*見出し画像は絵を再開した1年半前に描いた最初の1枚です。
