【祝300人】石巻の神童から「朝4時の怪人」へ。おいちゃん独占5,000字ロングインタビュー
〜殴り合い、転落、パチンコ、そして40歳からの革命〜
序章:石巻に舞い降りた「甘えん坊の破壊神」
──フォロワー300人突破、本当におめでとうございます!今日は読者の皆さんのために、おいちゃんの「皮を剥ぐ」勢いで深掘りさせてください。
おいちゃん: ありがとうございます!いやぁ、300人ですよ。石巻のコンビニに300人集まったらパニックですよ。今日はもう、自分でも封印していた黒歴史から赤点ギリギリの青春まで、全部さらけ出します。心のプロテインを用意して聞いてください。
──まずはルーツから。宮城県石巻市で3人兄弟の末っ子として誕生されたそうですね。
おいちゃん: そうです。石巻が産んだ「究極の甘えん坊」です。兄貴たちが少年スポーツ団で野球をやっていたので、私の人生の最初の記憶は「砂場の砂」ではなく「野球場の黒土の味」でした。毎週末、兄貴たちの試合に連れ回される車中が私のメインルーム。両親からの愛情をストレートに、かつ濃縮還元で浴びて育った自負があります。
──そんな可愛い末っ子時代、兄弟仲はどうだったんですか?
おいちゃん: 地獄ですよ(笑)。特に思春期の兄貴ってのは、触れるもの皆傷つけるナイフなんですが、一番の被害者は私です。象徴的なのは「こたつ事件」ですね。冬場、平和にこたつに入っている時に、私の足がほんの数ミリ、兄貴の足に触れたんです。それだけで「テメェ、今俺の領空を侵犯したな!」って。
──え、それだけで?(笑)
おいちゃん: それだけです。そこからはもう、WWEの場外乱闘ですよ。こたつの中で足蹴りが飛び交い、最終的には居間で殴り合い。翌朝、私は体中青あざだらけで登校するんです。クラスメイトには「おいちゃん、昨夜はクマと戦ったの?」って本気で心配されました。末っ子特権の「可愛がられ」と「物理的ダメージ」のバランスが完全に崩壊していましたね。
第1章:黄金の小学生時代〜石巻に「神」がいた頃〜
──しかし、外ではかなりの「秀才」であり「人気者」だったとか。
おいちゃん: お待たせしました。ここが私の人生の最大瞬間風速です。当時の私は、神様がパラメータを割り振り間違えたんじゃないかってくらい完璧でした。運動神経バツグン。足は速いし、球技は何をやらせてもプロ級、水泳をやれば学校記録。
──まさに「石巻の神童」ですね。
おいちゃん: 学校の親分的存在ですよ。でも暴力で支配するタイプじゃなく、圧倒的なカリスマ性で君臨するタイプ(笑)。女の子たちからも猛烈に支持されていましてね。バレンタインデーになると、家の玄関がチョコの重みで開かなくなるんじゃないかと本気で心配しました。あの頃の自分に言いたい。「おい、そのモテ期、一生分だぞ。大事に食えよ」と。
第2章:中学時代の「二重生活」〜ヤンキーと生徒会の狭間で〜
──中学に入ってもモテ伝説は続いたんですか?
おいちゃん: 勢いは加速しました。中1の時に、中3の先輩から呼び出されたんです。「あ、殺される」と思ったら告白でした。少女漫画でも最近は見ないベタな展開ですよ。
──すごいですね! でも、一方でヤンキーたちとも仲が良かったと。
おいちゃん: そうなんです。ここが私の「政治力」の原点です。私は当時、学年でも1位、2位を争う秀才で、生徒会にも所属していました。本来ならヤンキーとは水と油。でも、私は彼らともそれなりに仲良くやっていた。
──どうやって両立させていたんですか?
おいちゃん: 実は私、本心では「殴り合い」が死ぬほど嫌いだったんです。痛いの怖いじゃないですか! 怪我したくないじゃないですか!「優等生でいたい」というプライドと、「なめられたら終わり」という恐怖。その板挟みの中で、ヤンキーには「話がわかるインテリ」として接し、先生には「やんちゃな奴らも手懐けるリーダー」として振る舞う。中学生にして『半沢直樹』並みの社内政治をやっていましたね。
──(笑)。野球の方も順調だったんですよね。
おいちゃん: 野球は1年からレギュラーでした。2番目の兄貴とバッテリーを組んでいた時期もあって、あれは優越感でしたね。「兄貴、俺のミットに正確に投げろよ」なんて心の中で思いながら。でも、その自信が、思わぬ「転落」を招くんです。
第3章:高校受験の誤算と「ヤクザ監督」の洗礼
──石巻一番の進学校、石巻高校を目指していたんですよね。
おいちゃん: 兄貴2人がそこに行っていたので、私に選択肢はなかった。でも、中3の部活引退後、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、「非行」のスパイスを人生に振りかけちゃったんです。夜の公園で集まったり、ちょっと校則を無視してみたり。
──それが内申点に響いた?
おいちゃん: 響きましたね(笑)。推薦入試、見事に落ちました。あの時の親の「お前、何やってんの?」っていう冷ややかな視線は、冬の北上川より冷たかった。そこからは地獄の猛勉強ですよ。他を受ける余裕なんてない、一本勝負。なんとか合格しましたが、これが私の「エリート街道」に最初のヒビが入った瞬間でした。
──そして高校野球。ここが一番のハードな時期ですね。
おいちゃん: 入学当初は期待されていたんです。1年から背番号をもらって、先輩に混じって遠征。でも、軟式から硬式に変わったばかりなのに、「俺の右腕は火を吹くぜ!」っていきがって全力投球を続けていたら、1年の中盤で肩が「沈黙」しました。
──故障……。
おいちゃん: そこからは2ヶ月間、同級生がグラウンドで泥だらけになっている横で、一人で基礎練習。あの時の疎外感といったら! 完全にエリートコースから外れました。しかも、当時の監督が……いや、これ書いて大丈夫かな? マジで「現役のヤクザ」かと思うようなオーラの人だったんです。
──(笑)。どんな恐怖政治だったんですか?
おいちゃん: 監督に直接話しかけるなんて、一般市民が皇帝に謁見するようなものです。マネージャーという「通訳」を介さないと意思疎通ができない。練習は朝7時から1時間、放課後は16時から21時。帰宅は22時。飯食って風呂入ったら23時。
──勉強する時間は……。
おいちゃん: ゼロです。マイナスです。中学であんなに秀才だったおいちゃんは、いつの間にか「赤点という崖っぷちを全力疾走する男」になっていました。高校の野球部って、昔は「文武両道の象徴」だったらしいんですが、私たちの代は「野球は強いが頭はおバカ」というレッテルを貼られていて。でも悔しいことに、同じ練習メニューをこなしながら、現役で東大や早稲田にスッと合格する天才がいたんですよ。
──そういう格差、ありますよね。
おいちゃん: 私はそっち側には行けなかった。高校の野球は、いかに監督に怒られないようにプレーするか、そればかり考えていました。入学当初の3ヶ月以外、野球が楽しいと思ったことは一度もありません。もし今の記憶を持って高校生に戻れるなら、野球部は1秒で辞めて、即座に英単語帳を握りしめてスタバに籠もりますね(笑)。
第4章:暗黒の大学時代〜失われた4年間のパチンコ・シンフォニー〜
──大学入試は1年浪人されたんですよね。
おいちゃん: 浪人しても第一志望には届かず、東北学院大学へ。ここで私の精神は一度ボロボロになります。「1つ年上の浪人生」という事実がコンプレックスになって、あんなに神童だった私が、超・引っ込み思案になっちゃった。
──え、あのおいちゃんが?
おいちゃん: 大学の友達、今でも片手で数えられます。しかもその数少ない友達と何をやっていたかというと、毎日パチンコとバイトのループ。今思えば、あの4年間は私の人生の「空白」です。バイオハック的に言えば、最も脳が成長する時期に、パチンコ台の液晶の光を浴びてドーパミンを無駄遣いしていた。
──もし戻れるなら、何をしたいですか?
おいちゃん: 全部ですよ! トレーニング、世界旅行、読書1000冊、そして学生起業。あの膨大な「時間」という資産を、ジャラジャラという玉の音に変換してしまった自分を、今の私が4時に起きて往復ビンタしてやりたいです。でも、この「後悔」があるからこそ、40歳になった今、私は「1秒も無駄にしたくない」と狂ったように活動できている。無駄な時間は、後から「最強の燃料」に変換できるんです。
第5章:大企業への就職と、内なる「革命」の始まり
──なんとか社会的インフラを担う大企業に就職。安定を手に入れました。
おいちゃん: 安定は素晴らしい。でも、安定すればするほど、自分の中の「あの頃の神童」が暴れ出すんです。「おい、お前の人生、このままでいいのか? 判子押して、定年までカウントダウンするだけか?」って。
──それが、マラソンやトライアスロンに繋がった?
おいちゃん: そうです。自分を限界まで追い込む感覚を、体が求めていた。そして子供が生まれたことで、私のバイオハックに火がつきました。「自分の時間が欲しい。でも家族との時間も1ミリも削りたくない」。その答えが、午前4時起床でした。
──ここ5年、毎日4時起き。これ、仕事の泊まり勤務以外は皆勤賞なんですよね。
おいちゃん: 毎日です。ブログ、読書、トレーニング。誰にも邪魔されない黄金の3時間。この生活を始めてから、私の生産性は中学時代の「神童期」を超えました。体も心も、今が人生で一番キレています。
第6章:家族、そして「法人化」という新たな甲子園へ
──家族4人、幸せ絶頂ですね。
おいちゃん: 妻と二人の娘には、感謝しかありません。彼女たちを守るために、私は「給料」という一本の柱に頼るのを辞めました。ブログ、物販、note。複数の収入源を作ることは、アスリートが複数のポジションをこなすのと同じ。リスクヘッジであり、攻めの姿勢です。
──「鍛えていることが収益に繋がるかも」という考えも面白いですね。
おいちゃん: 具体的じゃないですよ? でも、健康で、体力があって、朝4時に起きてるおじさんが何かを成し遂げる姿は、それ自体がコンテンツになる。生産性が上がって、経験値が溜まって、体力がつく。これ、失敗しても「最強の身体」は残るわけですから、ノーリスク・ハイリターンな投資ですよ。
──今後の目標は、年商1000万の法人設立だとか。
おいちゃん: 本気です。小さく挑戦して、手応えがあったら一気にアクセルを踏む。高校のヤクザ監督に怯えていた自分はもういません。今の私は、自分の人生の監督です。赤点ギリギリだった私が、40代で法人を作って成功する。そんな「革命」を、noteのフォロワーさんと一緒に見届けたい。
結び:今がいちばん若い時。
──おいちゃん、最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
おいちゃん: 皆さん、ここまで読んでくださってありがとうございます。5,000字も読んでくれたあなたは、もう私と一緒に4時に走る資格があります(笑)。 私の人生、挫折だらけでした。肩を壊し、非行に走り、パチンコに溺れ。でも、だからこそ言えるんです。「今がいちばん若い時」だと。
40歳? 遅くないです。 石巻の神童は一度死にましたが、朝4時の怪人として蘇りました。 失敗をしてナンボ。一緒に、泥臭く、笑いながら、最高の人生をハックしていきましょう!
──おいちゃん、本日は熱いお話をありがとうございました!
