愛おしき私のASD夫 【 創作大賞2026/エッセイ部門 】
はじめに
私は「元」カサンドラ症候群妻。現在はカサンドラ症候群の諸症状は治まり、HSP特有の過度な不安や繊細さを抱えながら、日々を楽に過ごす方法を模索しています。
結婚10年目。2歳年下の夫は、2026年の春、ASD(自閉症スペクトラム)という診断がつきました。3年前には、結婚当初にあった小さなズレが大きなひび割れとなり離婚の危機に直面。同時に、カサンドラ症候群発症に伴い、夫の発達障害への疑念の生まれ知能検査を受けることになりました。
現在は、夫婦円満、結婚当初よりお互いのことを信頼し、強いパートナーシップで団結し子育てをしていますが、夫婦関係の再構築に至るまで、何度も家を飛び出す大げんかをしました。家には夫の名前を書きさえすればすぐに提出できる状態の離婚届が書類棚にスタンバイされていました。
実際に、パートナーがASDである場合、感情の共有や意思疎通の難しさから配偶者が心身に不調をきたすカサンドラ症候群になり、最終的に離婚や別居を選ぶことは、一般的な夫婦より高くなる傾向があると言われています。
そんな崖っぷちだった私たち夫婦が「ASDの夫との生活は、世間で言われるほど大変なことばかりじゃない。」と思える日々まで歩んできた再構築の紆余曲折、朝から深夜までとことんお互いに向き合った日々を綴ったエッセイです。
深夜、荒ぶる妻と対峙するASD夫
「あぁ、やっちゃった!」
深夜1時、私は自分のルールに負けて、スマホで時間を確認してしまった。真っ暗な寝室の中で、眩しい光を放つ液晶画面。
寝つきが悪い夜は時計を見てしまうと時間の進みに焦ってしまい、なおさら眠れなくなってしまうという負のループにはまってしまうので、なるべく時計やスマホを見ないようにしていたのに…。
案の定、眩しいくらいの光にさらに目が覚めてしまった私は、寝付きにくい時の身体のソワソワ感から、なかなか眠れないことへのイライラ感へと感情がシフトし、布団の上で何度も寝返りをうった。
乾いたシーツも、ふかふかの枕も、シャツをしっかり入れ込んだパジャマのズボンも、いつも通り快適な状態のはずなのに、どうしても眠れない。
トイレには消灯後にもう3回も行った。
けれどまた行きたい気がしてきた。
我が家の寝室は、約8畳。
ここに布団を4つ並べて家族4人で川の字になって眠る。
目をつぶっていても、どれが誰の寝息で、今寝返りを打ったのが誰だかがわかる。
みんなはぐっすり眠っているのに、私は一人だけ全く眠れなくてずっとあっち向いてこっち向いてを繰り返している。
振り返って見ると、若い頃は眠れない夜なんて滅多になかった。
仕事が忙しくても、恋人と喧嘩しても、観たい番組があっても、結局ベッドに潜ればなんだかんだ眠りについた。
お酒に頼って寝た日もないし、昼近くまで起きなかった日もなかった。
一人暮らしをしていた頃から、早寝早起きを定着させて、割と規則正しい生活を送る、いわゆる丁寧な暮らしをしている側の人間だった。
時にはアロマキャンドルを灯して、ただただ何もしない夜のひと時を過ごす余裕すらあった。
2児の母になってからもその頃のスタンスのまま、小綺麗で模範のような暮らしを心がけて来た。
今でも本棚にはお気に入りの香りのキャンドルが2個並んでいる。
その甲斐もあって、こどもたちは小学2年生と年長になった今でも、20時前に消灯し、翌朝は6時半には機嫌よく目覚めてくれるのでとても助かっている。
なのに、寝れない。寝れないっ!しかも、私だけ!!
「睡眠導入ルーティンも、ちゃんとやってるのに。」という思考は完璧主義な一面を持つ私をどんどん追い詰める。
追い詰められて、だんだんいろいろなところに八つ当たりを始める。
エアコンの電源のライトがまぶしすぎるし、リモコンの音がピッピッと大きすぎる。
寝室に入る前にスイッチを入れた食器乾燥機の乾燥終了のアラームの音楽が長すぎる。
今履いてるパンツの太もものゴムが少しきつくて締め付けている気がする。最近買ったばかりなのに!
終いには、その火種は気持ちよく眠っている夫に向けられる。
窓の外は大雨なのに、明日の朝の登校が心配じゃないんだろうか?きっとあなたはこどもの心配なんてしないで、安心しきって眠ってるのね。
これだから父親と母親の責任感が違うって言われちゃうのよ。
…と、心の中で呟くだけなら良いものを、私は夫を揺さぶっていた。
「ねぇ、寝れないんだけどっ!」
寝耳に水とはことのことで、身に覚えのない怒りをぶつけられて起こされた夫は、訳がわからないと言ったぼんやりとした表情で布団に座る。
開口を待たずに、もう一撃。「寝れないの!!」
冷静になってみると、明らかに「ヤバイ」のは私の方で、ASD夫は完全にとばっちりを受ける側。ほんとゴメン。
しかし眠れない夜というのは人格を変えるほど、当事者を追い詰めてくる。
二言目のパンチを受けて、夫は座ったままさっと私を抱きしめる。
「だいじょうぶ」
この状況になるといつも放たれる、大丈夫?という問いかけでも、大丈夫だよと諭すわけでもない、不思議なニュアンスの大丈夫。
棒読みと言われれば、棒読みかもしれない。
とにかく、何か促したりするわけではない、けれど私の狂気じみた心を落ち着かせる一言。
その一言を聞いて「大丈夫じゃない」と返事をしつつ、私のこの苦しい戦いを知る人ができた孤独からの脱出の兆しに落ち着いた心を取り戻し、再び戦いに挑む勇気が湧いてくる。
簡単に言えば、八つ当たりをして気が済んで、もう一回寝てみようと思えるようになった、というだけのことで…。気の毒な夫。ありがとう。
満足してそそくさと布団に戻る私を見届けてから、夫が再び布団に潜る音が聞こえる。とことん、優しいと思う。
そんな優しさは、夫が初めから持ち合わせていたものではなくて、神経質で夜間時々起こしてくる私に合わせて進化して来た技である。
ASD特性の特徴の一つに、ルーティンを好む、というものがある。
裏を返せば、毎日同じ手順や規則正しいスケジュールを好み、急な予定変更が苦手ということになる。
だから、寝ている時(ルーティン)に起こされること(急な予定変更)はASDである夫にとっても、とても苦手なシーンである。
実際に、こうやって寝付けなかったり、夜中にちょこちょこ起きてしまうようになった頃、夫は不眠で苦しむ私を見て見ぬ振りをした。
当時は夫がASDと診断を受ける前だったため、特性(脳の機能)的にそもそも苦手なシチュエーションであることがわからず、どうして苦しんでいるパートナーを放って置いて自分だけ安眠できるのかと涙した。
心配じゃないんだ、愛されてないんだ、と暗い寝室の中でひとり泣き続けた。
ちょうどカサンドラ症候群の症状がひどい時期には不眠も強くなり、眠れない、起こす、無視(夫本人は脳がフリーズしている状態)、泣く、一人で朝を迎える、という夜を何度も繰り返した。
眠れない日は毎日続くわけではなかったが、そういう日々が1年近く続いた。
すると、初めに変化が起きたのは夫の方にだった。
突然起こされて寝ぼけているのだから仕方がないが、ASD特性が輪をかけて、一言目が出るまでにとても時間がかかっていた夫が、すぐに「だいじょうぶ」という言葉とともに抱きしめてくれるようになった。
そう、ASD夫の新たなるルーティンとして「妻に夜中に起こされる」が仲間入りしたのだ!
新たなるルーティンとして妻の不眠を定着した夫は、今度は「ルーティン作業が得意」というASDの別側面の特性を発揮して、否応無しに眠れないと騒ぐ私を慰めることができるようになったのである。
それからというもの、私がひどく荒ぶる夜も、彼は落ち着いた魔法の言葉とともに眠りに誘ってくれている。
ASD夫、ニワトリを追いかける
夫は新卒で採用されてから勤続10年以上、地方の町役場に勤務している。
山に囲まれた盆地で見渡す限り田園しかないこの町が、夫の生まれ育った故郷であり職場である。
公務員としての仕事は、規範やルールを守ることが得意な夫にとってとても肌にあったもののようで、仕事の愚痴を聞くことはほとんどなく、毎日こつこつと業務をこなしている。
絵に描いたような真面目な勤務態度で、職場や町の人たちからの評価も良いようで、お客さんのおばあさんが作った畑で採れた野菜やおじいさんが趣味で作る木工作品をいただいて帰ってくることもしばしば。
そんな愛され職員の夫は、スーパーやドラッグストアに買い物に行けば必ずと言っていいほど知り合いと遭遇する。
そもそも役場に勤めるとなると全町民がお客様と言っても過言ではないので、知り合いではない人がいない小さな世界でプライベートな時間を過ごすことはなかなか気が抜けなかった。
悲しいことに、町民に愛されるということは、彼の日々の暮らしを窮屈にする原因のひとつにもなった。
ASD特性の最も代表的な特性のひとつに「人付き合い(対人関係)が苦手」ということが挙げられる。
これは、本人の性格の問題ではなく、脳の発達の特性上、相手の表情やトーン、その場の空気から相手の意図を読み取り察したり、感情を適切な言葉と表情で表現することが難しいといった特徴からくる。
町を歩けば、知り合いに会う。
完全にプラベートモードで過ごしていた時に、不意に知り合いにあって立ち話が始まるストレスはASD特性を持つ夫にとって大きなものだった。
これが決めての一つとなり、私たちは町の外に家を買って住み、町外から勤務することにした。
この工夫が功を奏し、彼は仕事とプライベートをはっきりと分け、ストレスの少ない理想的な暮らしのベースを手に入れた。
得意な仕事と、安全な暮らしのベースで、順風満帆な社会人生活を送っていた。
そんなある日、急に入ってきた緊急・特別任務。
「おいどんの畑に、だっか(誰か)がニワトリば捨てた。」という町民からの電話通報だった。
こちらの責務ではないのに、電話口で既にお怒りモードで、すぐに出動しなければ。
ニワトリ捕獲のために駆り出された職員は、夫とちょっとぽっちゃり体型の同期の若手男性職員2人。
電話を切り、年季の入った公用車に網や長靴、使えそうな道具をざっと押し込んで通報のあった畑へと向かう。
のどかな山道、繰り返される似たような車窓の風景…どんなに遠いところでもこの町の中であれば車を15分走らせれば着いてしまう。
ほどなくして現場に到着するとマニュアル事務作業を超えた特別任務がASD夫に牙を剥く。
広い畑の淵に仁王立ちで待っていたおっちゃん(通報者)によれば、今朝、畑作業に来てみると見たこともないニワトリが捨てられていたらしい。
しかも、3羽も。
空の段ボールが転がっていたところを見ると、やはり誰かが捨てにきたようだった。
「1羽じゃないんだ…。」
ぼそりと夫は呟いた。
「俺が得意なのは規則正しい手順、規範、規約であって…事務作業でこそ本領が発揮されるのに…。」
予測不能な動きで逃げ回る3羽のニワトリは夫はの心をパニック状態にさせたが、ASD特性としてそれを表現する術は持ち合わせていない。
ただただ深刻で真面目そうな表情が畑を見渡しているようにしか見られていないのだった。
あぜ道やビニールハウスの間をすばしっこく逃げ回る3羽のニワトリ。
同期と二人で追いかけるもなかなか捕まらない。
いっそ広い野山に逃げてしまえばいいものを、律儀に畑の中だけで逃げ回るニワトリたち。
1時間追いかけても捕まらないニワトリに通報者と同期が苦笑いする中、彼は嫌な顔一つしなかった。
ただ愚直に、真剣な目をしてどこまでもニワトリのあとを追いかけ続けた。
そうASD特性の高い集中力と持続力、そしてやり遂げたいという責任感へのこだわりが火を噴いたのだ。
戦いの相手はもはや逃げ回る3羽のニワトリではなかった。
ルーティン外のハプニングというネガティブ側面対、過集中と持続力そして責任感へのこだわりというポジティブ側面といったASD特性同士の戦いであった。
…その日、泥だらけになって帰宅した彼は、いつも通りの穏やかなトーンで「大変だったけど、無事に捕まえられて良かった」と言った。
ASD特性のポジティブ面が勝ったのだ。
その、器用に立ち回れないけれど、どんなことにも全力で誠実に向き合う姿が、私にはたまらなく愛おしく思えた。
この時はまだ知らなかった。
今後、サルやイノシシ、アライグマなど様々な動物被害で呼び出しを食らうことになることを…。
元カサンドラ症候群、ASD夫にイライラした時の対処法
和やかなエピソードが続いたが、私は元カサンドラ症候群である。
実際に夫がASDと診断されて夫婦仲の再構築の道を歩み出すまで、結婚当時から凡そ10年間もの間、彼の言動に悩み苦しんできた。
長年違和感を感じながらその特性に気づかなかったのは、今ほど発達障害について世間的認知がなかったことがあるかもしれない。
最近では、発達特性について公にする芸能人も出てきた上、書店にはASDやADHDに関連する書物がたくさん並んでいる。
とても身近な特性として周知されるようになったが、私たちがASD特性に気が付いたのは私自身がカサンドラ症候群になり、動悸や息切れ、孤独感や不安感に苛まれるようになったことがきっかけだった。
ASDという診断が出る前の夫は、とにかくプライドが高く、指摘された事柄をまっすぐ受け取ることができず、必ず言い返してきた。
それが日程ミスや、言い間違いなど明らかに彼の間違いだったとしても、非を認めず「だって」「でもそれは」という接続詞を駆使して食いかかってきた。
理系大学院を修了していた私は論点のズレや、理にかなっていない言い訳に魂が揺さぶられ、言い訳してくる彼の言い分を論破するまで口論を辞めれなかった。
当時はASD特性を持っている人にとって、注意されることは攻撃されたと捉えがちで、脳がパニック(防衛反応)状態になるということを知らず、言い返すことはただプライドが高い人間の言い訳だろうと判断した私はとことん論破するまで非を指摘し続けた。
火に油を注いでいるだけだとも知らずに…。
間違いを指摘すれば大げんかとなり、すぐに離婚できるように夫の名前さえ記入すれば提出できる状態の離婚届をいつも携帯していた。
茶碗も3、4枚割ったし、夫の荷物を玄関の外に放り出したこともあった。
しかしこどもたちが生まれてからは大げんかを子供に見せてはいけないという自制心が働き、すべての苛立ちと理不尽さを自分のうちに押し込めた。
その結果としてカサンドラ症候群になった。
カサンドラ症候群とは、ASDのパートナーを持つ配偶者や家族が、相手との情緒的なコミュニケーションがうまくいかないことによって、心身に不調をきたす状態のことだ。
(ちなみに、カサンドラとはギリシャ神話に登場する王女の名前で、正しい予言をしているのに誰からも信じてもらえなかったという呪いをかけられたとされる。)
主な症状として、激しい抑うつ状態(気分の落ち込み)、慢性的で激しい疲労感• 強い孤独感や自己嫌悪、イライラが止まらない• 頭痛、めまい、動悸、そして急激な体重減少などが挙げられる。
SNSや書籍でカサンドラ症候群について調べれば調べるほど、自分に当てはまり、夫はASDではないだろうかという疑念が強くなった。
体重は結婚当初から10年の内に10kg減っていた(159cm55kgから45kgへ)。
理不尽な夫に言い返したい(コテンパンに論破したい)でもこどもたちの手前、できない。病む。体がきつい。心が死ぬ。
死がちらつくほどどん底まで落ちきった時、私がいなくなってしまったらこどもたちはどうなってしまうだろうと、ふと思った。
そしてとてつもなく怖くなって、真っ暗闇の心の中にこどもたちの悲しむ顔が浮かんで、それが逆に光となって私は闇から抜け出した。
私は病まない。病んでたまるか。
そう思った時、私は知能検査を行っているカウンセリングステーションに予約の電話をかけていた。
夫は知能検査を受けることについて渋っていたが、得意の論破で反論をねじ伏せた。負けるわけにはいかなかった。
このままでは私が壊れて、家庭そのものもこどもたちの未来も崩れてしまうという強い危機感があった。
何種類もの知能検査を受けて総額10万円近くかかったが、夫がASDであることがわかった。
この日を境に私たちの関係性は新たなフェーズに突入した。
夫には、できないことがある。
具合が悪い私に、自分から声をかけたり暖かい飲み物を用意したりすることはできない。
外泊の出張が入っても、前日になるまで日程を家族に告げることができない。
私の両親と会食する時には、解散まで一言も喋らない。
家族4人で食卓を囲んでいても、話をするのは私とこどもたちの3人だけ。
犬用の食器のスポンジと人間用のスポンジがいつまでたっても覚えられない。
言い出せばキリがない。
けれど、仕方がない。
夫に優しさがないと思っていた日々は間違いで、彼はそういった苦手なシチュエーションでどう振る舞ったら良いかわからず、一人パニックになって苦しんでいたのだ。
私が支えてもらえないと思っていたと同時に、夫もまた一人で「普通」がわからない悲しみと苦しみを抱えていた。
そのことが分かってから、カサンドラ症状は少しずつ軽くなっていった。
今でも、ASD夫に対して日に何度も「なんでそうなる?」と理解できないシチュエーションがある。
腑に落ちなかったり癪に触る内容だと「おい、ASDが出てるぞ」なんて口汚く指摘してしまう未熟な元カサンドラ症候群妻だ。
だから偉そうなことは何も言えない。
ただ一つだけ、元カサンドラ症候群妻としてASD夫に対してイライラした時の対処法として言えるのは、イライラした時は「傷ついている」と素直に伝えること。
怒りやイライラは二次感情と呼ばれていて、本当に伝えたい感情(一次感情)の後に一瞬にして浮かび上がってくるもの。
カサンドラ症候群妻たちが、ASD夫にイライラと怒りを感じているのは、意思疎通ができない悲しみや、一人で傷ついたり寂しさを抱えている、あるいは不安や困惑などで追い詰められているから。
しかしそれを特性上察知することができないASD夫たちは、二次感情の怒りに攻撃されたと敏感に反応してしまい喧嘩に発展してしまう。
感情は抱えこまない。
怒りやイライラといった二次感情に変わる前に素直に伝えるということを、イライラした時にこそ実践してからというもの、ASD夫からの防御反応も激減し、よりよい夫婦関係へと舵が取れるようになってきた。
