【実験記録2-1】湯船の反響 ①
湯船に肩まで沈めたとき、ようやく一日が終わった気がする。
正確には、終わったというより、剥がれた、に近い。仕事の時間は、皮膚に貼りついたシールみたいに、簡単には取れない。会議の声や、返せなかったチャットや、うまくいかなかった説明が、まだ体のどこかに残っている。指先とか、肩甲骨のあたりとか。触れば、まだざらついている。
蛇口をひねる音に混じって、息を吐く。お湯がたまるのを待つあいだ、浴室の床に座っていると、時間がゆっくりになる。
お湯に入ると、まずは静かに目を閉じる。耳の奥で、水の音が膨らむ。その中に、今日のことが一つずつ浮かんでくる。言い直せたはずの一言や、黙らなくてもよかった間が、大きく再生される。
そのあたりで、歌をうたう。
最初は、なんとなく口ずさむくらいの声で。誰に聞かせるわけでもないから、音程も曖昧でいい。覚えているサビだけを繰り返したり、途中で違う曲に変わったりする。歌詞もところどころ抜けていて、代わりに適当な言葉をはめる。
しばらくすると、声が少しだけ大きくなる。
浴室はよく響く。狭い空間のはずなのに、声が広がって、自分じゃない誰かが隣で歌っているみたいに聞こえる。反響して戻ってくる声に、輪郭が揃う。下手でも、それっぽく聞こえるから。
サビの高いところで、力を入れる。お湯の中で、足の指にまで力が入っているのがわかる。そのまま一息で歌い切ると、さっきまで引っかかっていたものが、ほどける。
仕事のことは、消えない。完全には消えない。でも、形が変わる。さっきまで棘だったものが、水に濡れて丸くなるみたいに、触れても痛くなくなる。
歌い終わったあと、静かになる。
水面がゆっくり揺れて、その揺れが壁に反射しているのを眺める。さっきまでここにあった声は、もうどこにも残っていない。湿った空気が残っている。
耳を水に沈める。
声は、どこにも触れない。
