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【エッセイ】『堪忍の袋と地雷と、キッチンと』第13章:嵐の中の築城、そして脱藩?~マイホームは夢の城か、地雷の要塞か~

新たな出発を切り、僕は全開モードで突き進んでいました。
ただ当然、煙たがられる存在でもありました。
8年ぶりの復帰。知らない顔ぶれのなか、どこの馬の骨とも分からぬ“元職員”が、いきなり変革を起こそうと、駆け回るわけですから、そりゃあ反発も出ます。
案の定、現れました。
鬼瓦フェイスのベテラン職員。
第一声はこうでした:
「俺は、お前のこと、認めてるわけじゃないからな」
出た、時代劇枠の「越後屋」ポジション!
でも僕、準備してたんです。
“敵を作らず、味方を増やす”のが再就職成功のコツ。
鬼瓦さん専用に、部署の改善案と課題解決ファイルをご用意。
静かにファイルを渡し、小声でひとこと。
「これ、よかったらお使いください」
(これって、けっして袖の下では、ありません。ちゃんと、後ろ手にお渡ししました。)
数日後、鬼瓦侍の表情は柔らかくなってました。
意外と話せるオジサンでした。気になって仕方がなかったんでしょうね。
元より、僕は起業志望でしたから、ポスト〇〇〇とか気にしていませんでしたから。
そして、彼女も系列法人で事務職に就職。ようやく二馬力に戻ったはずでしたが、やっぱり民間のやり方には戸惑いも多かったようで、帰宅後の愚痴が少しずつ増えていきました。
そんなある日、彼女が言いました。
「家が欲しい」
(俺の心の声…久しぶりの義母ボス登場かとキョロキョロしちゃったよ!!)
アパート生活も3か月が経ち、
最初の“黒い便器”事件をはじめ、浴槽裏のカビ、G卵事件(ご想像にお任せします)などなど、そりゃ出たくもなる。
「でもマイホームって、資金どうすんのよ!?」
と思ったのは僕だけで、
願望はやがて“要望”へ進化し、最後は、要求から“圧”となって家中を包みはじめる。
拙者、築城仕る(つかまつる)!!
週末から内覧会めぐりスタート。
彼女も働いてたし、「ダブルインカムならいけるっしょ!」のノリ。
とんとん拍子に進み、翌年3月には夢のマイホームへ引っ越し。
長女の小学校入学と同時に、まさに「春の門出」。
広い子ども部屋に、将来仕切れる壁の設計も完璧(by 大工見習い歴ありの僕)。
あこがれの庭づくりにも着手。
僕:「園芸したい」
彼女:「えー、ガーデニングにしてよ。オシャレに。」
したけりゃ、ご自分でどうぞ。
ちょっとしたつばぜり合いもあったけど、地団駄踏む足元に地雷は仕込まず、平和は維持。
僕は主夫業もかって出て、家事も育児もキッチンも戦略的に完全掌握。
家族が寝静まったあとの深夜、ヘッドライトつけて庭で園芸に勤しむ日々。
あの時間が、実は「人生で一番“自分の時間”を持てていた時期」だったのかもしれません。
ところが、彼女の心は、静かに揺れていきました。
就職後、夜間の専門学校に通い出したんです。夢だった作業療法士を目指して。
その学費を賄うために、僕は週末バイト開始。
専門学校講師に加え、宅老所の夜勤も担当。超多忙。
けれど半年後、彼女突然の退学宣言。
理由はよく理解できなかったけど、
作業療法士の夢、義母に反対されて諦めてたはずだったよね。
そして今度は看護学校へ。
「頑張れよ」とだけ言って、応援した。バイト頑張った(´;ω;`)ウッ…
結果、無事、看護師資格を取得。
でも、弱っていた心にその職はキツかったのかもしれない。
面接を繰り返しても決めきれない。採用されても、応じられない。
だんだん気力が削られていくのが見えていた。
結局、僕の勤務先で看護師として雇ってもらった。
でも、そこが合わなかった。
彼女にとって、看護の現場は優しさだけでは立ち行かない世界だった。
一方、僕の仕事は順調そのもの。
提案した事業は社会的に注目され、見学者も殺到。部下100人超の部長職昇格。
報道もされた。給料も増えた。
でも風向きが変わっていった。
事務長からは「目がキツイ」と言われるようになり、
会議に呼ばれないことが増え、
僕が知らないうちに方針が変わる場面もあった。
「俺、なんかやった?」
心の中でそうつぶやく日も増えたけど、
火のないところに煙は立たない。
走りすぎて、見えなくなっていた周囲への配慮。
自分に言い聞かせるように、
“自分の仕事に専念しよう”と、何度も姿勢を正した。
その一方で、
再燃していました。“起業魂”。
目標は200万円。貯まったら会社を作るつもりでした。
でも、なぜか、彼女の方が焦っていたんです。
言葉には出さない。でも伝わってくる。
「経営者の妻、って悪くないよね」
まあ無理もないか?弱っているし、仕方ないか。
本人は何も言わない。でも、伝わってくる。
「はやくして!!」の圧。


章あとがき:夢の築城は、ローンつき。ついでに地雷も添えて。
家って、「建てたあと」が本番なんですね。
借金(鉄筋)コンクリートの中に、現実と夢と、時々地雷が同居している。

僕が築いたのは、ただのマイホームじゃなくて、
園芸と夜勤と料理が交差する「人生という名の攻防拠点」でした。
振り返れば、あの頃の僕はとにかく走っていた。
鬼瓦を懐柔し、家族を支え、夢を語り続けながら。
でもね、前線って、気づいたら包囲されてるんですよね。
“走りすぎた人”あるある。気づいたときには、まわりに煙が立ってる。
それでも僕は、辛抱して、踏みとどまっていた。
そんなある夜、静かに浮かんだ言葉がありました。
「やればできる。やらなきゃ、できるも何もない」
戦国の名将・上杉謙信公の意志を継ぎ、
廃藩寸前の米沢藩を立て直した名君――上杉鷹山公の精神。
何があっても逃げない。投げ出さない。
実行することがすべての始まり。
それは、キッチンで味噌を仕込む夜にも、
深夜の庭で土をいじる時間にも、
「築く」という名の闘いのなかに、確かに息づいていました。
僕は信じたんです。
夢にレシピがあるなら、火をつけるのは、いつだって自分しかいないんだと。
さて、次章では、
“その城”を築いたあとに待っていた、大きな嵐と決断。
タイトルの“脱藩”は、いよいよ現実味を帯びてきます。
人生という名の戦場、次は「負傷」と「選択」のターンです。


巻末の時短レシピ【炒め玉ねぎチャツネの簡単レシピ】
(作りやすい分量/冷蔵で約1週間保存可能)
【材料】
・玉ねぎ…中2個(約400g)
・サラダ油…大さじ1
・しょうが(すりおろし)…小さじ1
・にんにく(すりおろし)…小さじ1
・酢(りんご酢や米酢でもOK)…大さじ2
・砂糖…大さじ2(きび砂糖や黒糖でも風味UP)
・塩…小さじ1/2
・トマトケチャップ…大さじ2
・クミンパウダー…小さじ1/2(なくても可)
・チリパウダー or 一味唐辛子…お好みで少々
【作り方】
①玉ねぎをみじん切りにする。
(多少粗くてもOK。甘みを出したいなら水にさらさずそのまま使う)
②フライパンに油を熱し、玉ねぎを弱中火〜中火でじっくり炒める(15〜20分)。
 飴色になって、甘い香りがしてくるまで根気よく!
③しょうが・にんにくを加えて、香りが立ったら酢・砂糖・塩・ケチャップを加える。
④水分が軽く飛ぶまで約5分程煮詰める。クミンやチリを入れるならこのタイミング。
⑤冷めたら清潔な保存容器へ。冷蔵庫で保存。
チャツネの万能すぎる晩酌活用法
①【トースト × チャツネ × チーズ】
パンにバターを塗り、チャツネを薄く広げてチーズをのせてトースト。
チーズのコクとチャツネの甘辛がとろけ合う「ワインがすすむ背徳トースト」。
②【炒め物の“味変ソース”】
豚こま炒めやナスの味噌炒めに、最後にチャツネをちょい足し。
甘み・酸味・香ばしさが加わって、「泡盛や焼酎が止まらない」。
③【冷奴 × チャツネ × 島らっきょう(又は青ネギ)】
チャツネ×醤油少々で、和とエスニックの絶妙バランス。
これ、日本酒にもハイボールにも合う「夜の一口奴さん」。

台所・心の一句:「身を正し 見えぬ敵にも 礼をせよ」

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