【エッセイ】『堪忍の袋と地雷と、キッチンと』第22章ついに大阪の陣へ突入~裁判で勝っても、帰ってこない四女ちゃん~
弁護士は淡々とこう言った。
「相手方としては、受け入れられない判決でしょうし…」
「相手方の弁護士も、立場上、そのままというわけにはいかなかったんだと思います」
その口調はどこまでも冷静で、どこまでも現実的だった。
まるで将棋の一手を読み解くかのように。
こうして、
戦の舞台は移った。
「関ヶ原の合戦」を経て、ついに「大阪・冬の陣」。
いや、現代で言えば、東京高等裁判所という名の決戦の地へ。
高裁の陣:あまりに静かな終幕
正直、身構えていた。
控訴理由書?反論文?尋問?新たなる書状の応酬?
あらゆる戦術を想定し、プリンターのインクも予備を買っておいた。
が、しかし。
提出を求められる書面は、なかった。
裁判所からの呼び出しも、なかった。
戦らしい戦がなかった。
そして、あっけなく結審。
弁護士からの一報は、
拍子抜けするほど日常的な、いつものメールで届いた。
「抗告棄却」
つまり、
彼女が起こした不服申立そのものが、審理に値せず退けられた。
まさに“完全勝訴”。
えっ、それだけ?
あんなに汗と涙を流した“関ヶ原”と比べて、
あまりに静かで、あまりに淡々としていた。
結果が通知されたのは、控訴されてからちょうど3ヶ月後のことだった。
季節はひとつ巡り、風の匂いも変わっていた。
勝訴の証文、しかし。
その日。
「高裁でも勝訴が確定しました」という報せが我が家に届いた。
これでようやく、すべてが終わる。
そう思った。
これでやっと、子どもたちと「普通の暮らし」に戻れる。
ようやく、四女も、あの笑顔も、あの寝顔も、戻ってくる。
そう思って、いつものように帰宅した僕を、妹たちが待ち構えていた。
「で、四女は?」
「それが、まだ、戻ってくるまでは決まらなくて、」
「は? どういうこと?」
「なにそれ? 勝ちって何? 戻ってこないなら意味なくない?」
その鋭さは、まるで石山合戦の和議のごとし。
負けて生き残るために結んだはずの約束を、自ら破れば、
再び攻め込まれるのは必然。
裁判に勝っても、家族が戻らないのなら、その勝ちに何の意味がある?
再び、弁護士に確認をとった。
「えーっと、高裁で勝ったのに、なんで戻らないんですか?」
返ってきたのは、またしても静かな現実だった。
「今回争っていたのは“親権”です」
「その判決が確定したことで、法律的に『あなたが親権者である』ことは明確になりました」
「ただ、それは“現状の実子引渡し”を強制するものではありません」
要するにこういうことだ。
裁判に勝っても、相手が応じなければ、四女は戻ってこない。
「じゃあ、どうすれば、四女は帰ってくるの?」
その答えが、次章へとつながっていく。
次は夏の陣、本当の決戦へ
“交渉”という冬の陣を経て、
“交戦”という夏の陣へ。
そう、ここから始まるのは、まさに「強制執行」。
文でなく、心でなく、現場が動く。
法に従い、実際に動く。
彼女たちは約束を反故にし、攻めの口実を自ら演出したのだ。
僕にとっての“大阪・夏の陣”は、
ここから始まるのだった。
章あとがき:勝っても、まだ終わらない
裁判に勝った。
書類の上では、僕はもう「親権者」。
でも、家の静けさは、何も変わらなかった。
四女の靴がない玄関。
空いたままの椅子。
勝利の証文よりも、そこにある「不在」のほうが重かった。
勝つことと、守ることは違う。
判決は人生を一瞬で変えてはくれない。
むしろ、ここからが本当の戦いだった。
よく「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」と言われる信長像がある。
短気で荒くれ者の代名詞みたいに描かれるけれど、僕は逆に思う。
彼は思慮深く、相手に選択肢を与え、再起の機会さえ与えていた。
それでも約束を反故にされれば、いずれ大きな災いになる。
家臣への示しも立たない。
だからこそ、迷わず刀を抜いたのだろう。
先を読む力が強く、判断が早すぎたがゆえに、周りには「短気な鬼将軍」と恐れられたのかもしれない。
……それに比べて僕はどうだ。
鳴かぬホトトギスを前に、いつまでも「そのうち鳴くかも」なんて待ち続ける。
気づけば、鳴かぬのはホトトギスじゃなく、決心できない自分のほう。
だからこそ、僕はまず自分に抜刀したい。
「はい、決めた!」と腹をくくればいいのに、
鞘からちょっと出しては戻し、出しては戻しを繰り返していた。
戦国武将どころか、これじゃ台所で包丁握っては戻してる主夫ではないか。(泣)
勝っても、まだ終わらない。
迷いを断つことが、本当の勝ちなのだと、
僕は信長に教えられている。
巻末のレシピ:カツ丼は勝利飯~ふわとろ卵のとじ方~
材料(1人分)
・とんかつ…1枚(市販や冷凍でもOK)
・玉ねぎ…1/4個(薄切り)
・卵…2個
・だし汁…100ml(または水+白だしでも可)
・醤油…大さじ1
・みりん…大さじ1
・砂糖…小さじ1(甘めが好きなら増やしてOK)
・ごはん…どんぶり1杯
1. だしと玉ねぎを煮る
小鍋にだし汁・醤油・みりん・砂糖を入れ、火にかける。
玉ねぎを加え、中火でしんなりするまで2〜3分煮込む。
2. カツを投入
食べやすく切ったとんかつを加え、煮汁を吸わせるように軽く煮る。
(このひと手間で味がしっかり絡む)
3. 卵を“二段階”でとじる
・卵2個を軽く溶く(完全に混ぜず、黄身と白身がまだらな状態が◎)
・2/3量の卵を回し入れ、フタをして10秒ほど蒸らす
・残りの1/3を回しかけ、火を止めて余熱でとじる
→ 半熟ふわとろ、勝利の黄金比!
4. ごはんにのせる
どんぶりご飯の上に、ふわとろ卵&カツ&愛情&笑顔をのせる。
仕上げに三つ葉か刻み海苔を散らせば完成。これこそ勝利飯。
台所・心の一句:「鳴かぬ鳥 思い通りに ならぬもの」
